新竹州庁

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新竹州庁(しんちくしゅうちょう、繁体字中国語: 新竹州廳)は台湾新竹市北区にある国定古蹟の一つで、かつて新竹州庁舎として使われた現新竹市政府中国語版庁舎の建築物。

所在地中華民国の旗 台湾新竹市北区大同里中正路120号
座標北緯24度48分24秒 東経120度58分08秒
建設1926年
建築様式和洋折衷
概要 新竹州庁, 所在地 ...
新竹州庁
現地名
繁体字中国語: 新竹州廳
新竹州庁外観
所在地中華民国の旗 台湾新竹市北区大同里中正路120号
座標北緯24度48分24秒 東経120度58分08秒
建設1926年
建築様式和洋折衷
管理者新竹市政府
新竹州庁の位置(台湾内)
新竹州庁
台湾における新竹州庁の位置
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登録名称新竹州廳
その他の呼称新竹市政府
種類衙署(官公署
概要 新竹州庁, 登録名称 ...
新竹州庁
中華民国の旗 中華民国台湾)の文化資産
新竹州庁にて台湾原住民タイヤル族の領袖林瑞昌と部族頭目ら(1936年)
登録名称新竹州廳
その他の呼称新竹市政府
種類衙署(官公署
等級国定古蹟
文化資産登録
公告時期
1998年6月22日
位置中華民国の旗 台湾新竹市北区中正路120号
建設年代大日本帝国の旗大正15年(1926年
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新竹州庁正面全景

概要

大正9年(1920年)、新竹庁が廃止され新竹州(現在の桃園市新竹県、新竹市、苗栗県に跨るエリア)が発足し、その後急速な発展を遂げたため清朝時代のものを使っていた庁舎が手狭となり大正14年(1925年)に着工された。

2階建ての強化レンガ(赤レンガ)による西洋建築で、土台と横梁にはコンクリートが使われている。屋根部分は木造躯体に黒瓦を葺いた和洋折衷型に仕上がった。翌大正15年(1926年12月4日に主要工程が完成し、州庁舎としての利用が始まる[1]。翌昭和2年(1927年11月27日に落成式典が開催された[2]。昭和7年(1932年)には、入口部分が拡張された。第二次世界大戦中の1944年10月に空襲を受けて一部が損壊したが、すぐに修復されている。

1945年12月30日台湾光復により新竹州は台湾省新竹県となり、旧州庁を県政府庁舎として接収。1945年1月28日、県政府は桃園に移転し、省轄市として新竹県から独立していた新竹市市政府中国語版が旧州庁を庁舎とする。1950年10月25日新竹市が県轄市となって新竹県に編入され、再度県政府庁舎として使われる。1982年7月1日、新竹市が省轄市に再昇格。

1989年7月、新竹県政府が竹北市に移転、旧州庁は新竹市政府庁舎として使われることになり現在に至る。1998年6月22日、国定古蹟指定公告。2000年より史跡保護事業が開始され、2005年に完了。修復を終えた現在では保存状態が良好な官公庁建築である。また台湾で重要かつ希少な古蹟の一つ。

周辺

関連項目

出典

外部リンク

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