日本海軍 (軍歌) From Wikipedia, the free encyclopedia 日本海軍(にほんかいぐん)とは、日本の軍歌。大和田建樹作詞・小山作之助作曲で1904年(明治37年)に発表された。歌詞は全部で20番まで存在している。なお、歌詞内には1904年頃まで軍籍にあった艦名を織り込んでいるため、多少違和感のある長い歌となっている。そのためか、全部歌っている音源はなく、20番のうち10番までが通常は歌われていると思われる。 ※歌詞の「」は艦名である。 四面海もて圍(かこ)まれし我が「敷島(しきしま)」の「秋津洲(あきつしま)」外(ほか)なる敵を防ぐには陸に砲臺(ほうだい)海に艦(ふね) 屍(かばね)を浪(なみ)に沈めても引かぬ忠義の丈夫(ますらお)が守る心の「甲鐵艦(こうてつかん)」いかでたやすく破られん 名は様々に分かれても建つる勲(いさお)は「富士(ふじ)」の嶺(ね)の雪に輝く「朝日(あさひ)」かげ「扶桑(ふさう)」の空を照らすなり 君の御稜威(みいつ)の「厳島(いつくしま)」「高千穂(たかちほ)」「高雄(たかを)」「高砂(たかさご)」と仰ぐ心に比べては「新高(にいたか)」山もなお低し 「大和(やまと)」魂(だましい)一筋に國に心を「筑波(つくば)」山「千歳(ちとせ)」に残す芳名(ほうめい)は「吉野(よしの)」の花もよそならず 「千代田(ちよだ)」の城の千代かけて色も「常磐(ときは)」の「松島(まつしま)」は雪にも枯れぬ「橋立(はしだて)」の松諸共(もろとも)に頼もしや 海國男兒(かいこくだんじ)が「海門(かいもん)」を守る心の「赤城(あかぎ)」山「天城(あまぎ)」「葛城(かつらぎ)」「摩耶(まや)」「笠置(かさぎ)」浮かべて安し我が國は 「浪速(なにわ)」の梅の芳(かぐわ)しく「龍田(たつた)」の紅葉(もみぢ)美しくなおも「和泉(いづみ)」の潔き誉(ほまれ)は「八島(やしま)」の外までも 「朧(おぼろ)」月夜は「春日(かすが)」なる「三笠(みかさ)」の山にさし出でて「曙(あけぼの)」降りし「春雨(はるさめ)」の霽(は)るる嬉しき朝心地(あさごこち) 「朝霧(あさぎり)」晴れて「朝潮(あさしほ)」の満ちくる「音羽(おとは)」「須磨(すま)」「明石(あかし)」忘るなかかる風景(ふうけい)もよそに優れし我が國を 事ある時は武士(もののふ)の身も「不知火(しらぬひ)」の「筑紫(つくし)」潟(がた)盡せや共に「千早(ちはや)」ぶる神の守りの我が國に 「吾妻(あづま)」に廣き「武藏」野も「宮古」となりて榮えゆく我が「日進」の君が代は「白雲」蹴立つる「天竜」か 大空高く舞ひ翔(かけ)る「隼」「小鷹」「速鳥(はやとり)」の迅(はや)き羽風(はかぜ)に掃(はら)はれて散る「薄雲」は跡もなし 鳴る「雷(いかづち)」も「電(いなづま)」もひと「村雨」の間にて「東雲(しののめ)」霽(は)るる「叢雲(むらくも)」に交じる「淺間」の朝煙 今も「霞(かすみ)」の「八雲」たつ「出雲」「八重山」「比叡」「愛宕」「磐手(いわて)」「磐城(いわき)」「鳥海」山それより堅き我が海軍 「對馬」「金剛」「宇治」「初瀬」みなわが歴史のあるところ「豊橋」かけて「大島」に渡る利器こそこの船よ 敵艦近く現はれば「陽炎(かげろふ)」よりも速(すみ)やかに水雷艇を突き入れてただ「夕霧」と碎くべし 「暁」寒き山颪(やまおろし)「漣(さざなみ)」たてて「福竜」の群(むらが)る敵をしりぞけん勲はすべて我にあり 護れや日本帝國を萬萬歳の後までも「鎭遠(ちんえん)」「濟遠(さいえん)」「平遠(へいえん)」艦「鎭東(ちんとう)」「鎭西(ちんせい)」「鎭南(ちんなん)」艦 輝く國旗さしたてて海外萬里の外までも進めや「鎭北(ちんぼく)」「鎭中(ちんちゅう)」艦進めや「鎮辺(ちんべい)」「操江(そうこう)」艦 関連項目 日本陸軍 (軍歌) 軍歌 大日本帝国海軍艦艇一覧 外部リンク Related Articles