服部剛史

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国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県
生年月日 (1980-10-23) 1980年10月23日(45歳)
身長 167cm
服部剛史
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県
生年月日 (1980-10-23) 1980年10月23日(45歳)
身長 167cm
体重 48.5kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会(JRA)
所属厩舎 栗東・梅田康雄(2000.3.1 - 2001.9.20)
栗東・フリー(2001.9.21 - 2006.6.20)
栗東・領家政蔵(2006.6.21 - 2007.7.20)
初免許年 2000年3月1日
免許区分 平地・障害
騎手引退日 2007年7月20日
通算勝利 780戦29勝
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服部 剛史(はっとり たけふみ、1980年10月23日 - )は、兵庫県出身の元騎手・現調教助手

競馬学校16期生として梶晃啓嘉藤貴行金子光希小林慎一郎鈴来直人田嶋翔西原玲奈畑端省吾と同期になり、卒業後の2000年3月栗東・梅田康雄厩舎からデビュー[1]

1年目の2000年は3月4日阪神第12競走4歳以上900万下・ダイタクリッツ(13頭中9着)で初騎乗[2]を果たし、天皇賞(春)が行われた4月30日[3]京都第1競走4歳未勝利・ミッドアリアで初勝利[4]を挙げる[5]8月26日小倉第4競走4歳未勝利では15頭中15番人気マダムアフリートで逃げ切って単勝15830円・馬連182140円の波乱を起こし[6]9月10日にはセントウルステークス・コンメンダトーレ(16頭中13着)で重賞初騎乗[7]を果たす。秋の福島でもコンメンダトーレに騎乗してカブトヤマ記念福島記念5着[7]に入るなど、初年度は3勝[8]をマーク。

2年目の2001年には9月21日付でフリーとなり、12月8日中京第3競走3歳以上500万下を16頭中15番人気コモエスタファナで単勝・馬連万馬券の波乱を起こす[9]。同年は2勝[8]に終わるが、騎乗馬は共に岩元市三厩舎の管理馬[10]であった。

3年目の2002年には領家政蔵厩舎のパイアンで初コンビを組んでから3連勝し[11]セントウルステークスではカルストンライトオテンシノキセキら先行勢がラスト息切れする中で4コーナー10番手からビリーヴの2着に突っ込んだ[12]。パイアンで勝った雲仙特別(1000万下)が初の特別勝ちとなったが、雲仙特別が行われた7月21日小倉では第6競走でも勝利しており、初の1日2勝ともなった[13]

8月25日の小倉では第1競走2歳未勝利をダイキチムスメに騎乗してシンコールビーに勝利し[13]小倉2歳ステークスではメイプルロードブルーコンコルドに次ぐ3着[14]に入った。ダイキチムスメで未勝利を勝った後の第6競走2歳新馬ではシーイズトウショウで逃げ切ったが、1日2勝は2度目の同日が最後となった[13]

同年は自己最多で自身唯一の2桁勝利となる18勝[8]をマークし、2006年6月21日付でパイアンを管理していた[11]領家厩舎に所属[15]

2006年9月3日札幌第1競走2歳未勝利・ベルベットイーグルが最後の勝利[13]2007年7月7日の福島第4競走3歳未勝利・ワンダージュール(16頭中6着)が最後の騎乗[16]となり、2007年7月20日付で現役を引退[17]

引退後は領家厩舎の調教助手となり[17]セイウンワンダーを手がけた[18]

騎手成績

脚注

関連項目

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