鈴来直人
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競馬学校16期生として梶晃啓・嘉藤貴行・金子光希・小林慎一郎・田嶋翔・西原玲奈・畑端省吾・服部剛史と同期になり、卒業後の2000年3月に美浦・平井雄二厩舎からデビュー[1]。
1年目の2000年は3月4日の中山第1競走4歳未勝利・ハッピーカホ(11頭中10着)で初騎乗[2]を果たし、4月22日 の東京第1競走4歳未勝利・シンボリシャイアンで初勝利[3]を挙げる[4]。7月29日の福島では初の1日2勝[5]を挙げたが、同日を最後に勝ち星を挙げることはなく[5]、初年度の同年は4勝[6]に終わった。
2年目の2001年には1月5日の中山では初の新馬勝ち[5]、3月10日・11日の中京では初の2日連続勝利と初の特別勝ち[5]を挙げ、福島で行われた新潟大賞典・タイノーブルレディで重賞初騎乗[7]を果たし、16頭中15番人気で6着[7]と1桁着順を確保。9月15日の札幌第11競走オホーツクハンデキャップではフウモンジョーで3連勝し[8]初のメイン勝ち[9]を挙げるなど、初の2桁勝利で20勝台となる22勝[6]をマーク。
3年目の2002年には田島良保厩舎のアンクルスーパーで小倉大賞典4着[10]に入り、高松宮記念・ラムジェットシチー(18頭中17着)で唯一のGI騎乗[7]を果たす。11月3日の福島第11競走福島民友カップではニシノハナグルマでトーホウドリームの3着[11]と古牡馬を相手にしても互角以上の末脚を見せ[12]、有馬記念が行われた12月22日の中山第1競走2歳未勝利をスプリングボードで勝利[13]するなど、2年連続2桁勝利で自己最多の26勝[6]をマークしたが、20勝台は同年が最後[6]となった。
2003年には1月19日の小倉第11競走早鞆特別を新馬以来2度目のダート戦となるストロングブラッドで勝利し[14]、8月11日の新潟第10競走塩沢特別ではウメノコトブキで[15]ヒシアトラスをゴール前で差したが[16]、同年の15勝が3年連続で最後の2桁勝利[6]となった。
2006年にはアイビスサマーダッシュでサチノスイーティーに騎乗し、発走直前に突如として降り始めた横なぐりの雨の中、絶好のスタートダッシュを決める[17]。スタート直後に大外から飛び出した前年の覇者テイエムチュラサン、レイズアンドコールとの先頭争いを制してハナに立つと、追い出してから更に伸び、後続を突き放す[18]。外からレイズアンドコール、内からはダイワメンフィス・ホーマンテキーラ、外に持ち出しながらマリンフェスタが迫ってくるが、突き抜けたサチノスイーティーが悠々先頭でゴール板を駆け抜ける[18]。3連勝で人馬共に唯一の重賞制覇[4] [7] [19]となったほか、前年のテイエムチュラサンに続いて3歳牝馬の2連覇で[20]、父カリスタグローリは1997年に産駒を送り出して以来初のJRA重賞制覇となった[20]。管理する師匠の平井もサクラスターオーで制した1987年の菊花賞以来、19年ぶりで最後の重賞勝利となった[20] [21]。
2007年11月10日には福島第3競走3歳以上500万下を後にノンコノユメの母となるノンコで勝利するが[22]、2008年は初めて0勝[6]に終わる。
2009年には天皇賞(秋)が行われた11月1日の東京第5競走3歳以上500万下をオグリキャップの甥アプローズヒーロー[23]で勝利し[24]、2010年には8月14日の小倉第1競走九州産馬限定2歳未勝利を熊本産パティオで人気に応える[25] [26]。
2011年には8月7日の函館第2競走3歳未勝利をワニタバンテンで逃げ切り[27]、11月21日付でワニタバンテンを管理する[27]小野次郎厩舎に所属[28]。
2012年3月31日の中山第2競走3歳未勝利・ヘイハチスカイが最後の勝利[29]、12月16日の中京第1競走2歳未勝利・ラサイニ(16頭中4着)が最後の騎乗[30]となり、同20日付で同期の小林や今村康成・芹沢純一・野元昭嘉・渡辺薫彦と共に現役を引退[31]。