杉山正明
From Wikipedia, the free encyclopedia
研究・活動
モンゴル帝国史、特に東アジアを支配した初期のモンゴル帝国や元(大元・大モンゴル国)の研究にあたり、それまで日本のモンゴル史研究が中国史料の『元史』等に偏重していたと批判し、『集史』等のペルシア語史料やパスパ文字碑文等のモンゴル語史料をも積極的に利用して多角的に読み直すことによりモンゴル帝国史に新たな視点を見出している。
杉山は、1992年にテレビ番組「NHKスペシャル 大モンゴル」[3]に協力し、同年、『大モンゴルの世界』を出版した。これを皮切りに2002年までにモンゴル帝国史の重要性を説く一般向けの概説書を数多く出版し、2004年には論文をまとめた研究書、『モンゴル帝国と大元ウルス』を出版した。その後、複数の講座ものの歴史書で執筆を担当し、モンゴル帝国の前史・後史をそれぞれ論じた(『疾駆する草原の征服者』、『モンゴル帝国と長いその後』)。
2001年に放送された、NHKの大河ドラマ『北条時宗』においては、時代考証を担当した。
主張
- 従来の史観は、ヨーロッパ目線のヨーロッパ史(西欧史)か、漢文史料に基づいた中華史観でしかなく、「世界史」になっていないと批判する[4]。
- モンゴル時代の歴史を把握するためには、ペルシア語・漢文の東西の二大史料を筆頭に、モンゴル語、テュルク語、女真語、ラテン語、サンスクリット語、日本語など、二十数個の言語の史料が関連し、それを原写本、原刻本、碑刻などの「原典」で取り扱う必要があるとする[5]。
- モンゴル帝国の侵攻において住民の大虐殺がなされたとの通念について、そのような実態はなかったと主張する。モンゴル軍は実戦することは多くなかったし、破壊されたはずの都市はその後も健在であり、大虐殺はモンゴル軍の「恐怖の戦略」の結果であるとする[6]。
- モンケ・カアン死後の帝国内乱を経たクビライ・カアンの「大元・大モンゴル国」の建国を重視し、ユーラシアの海陸が一つとなる空前の状況が出現したとする[7]。
- 従来、肯定的に捉えられていた人物を、否定的に論ずることがしばしばある。金からモンゴル帝国に仕えた耶律楚材について、伝記を書いて罵倒している(前半生で擱筆)[8]。南宋滅亡に殉じたとされる文天祥は、「みずからの名声を異様なほどに意識して、あくまで斬死を熱望し、見事に後世の称賛を受けることに成功した」としている[9]。
海外への影響
杉山正明の著書は、2010年代以降中国・台湾で相次いで翻訳出版された。 2011年に台湾・廣場出版で刊行された『大漠:遊牧民的世界史』が最初で、以後、『忽必烈的挑戰:蒙古與世界史的大轉向』、『顛覆世界史的蒙古』などが出版され[10]、大陸側では、台湾翻訳本『忽必烈的挑戰:蒙古與世界史的大轉向』『大漠:遊牧民的世界史』に加え、『疾馳的草原征服者:遼、西夏、金、元』が中国語訳出版された[10]。杉山が著書で提起している中国の歴史における元の位置づけに関して、中国学界でも議論が起きており、姚大力(復旦大学)は、『疾馳的草原征服者:遼、西夏、金、元』の書評を書き(その後、推薦文として『疾馳的草原征服者』に収録)、羅新(北京大学)は、『忽必烈的挑戰:蒙古與世界史的大轉向』の書評を書き、張帆(北京大学)は、「大中國與小中國的理論」に関する杉山正明の理論に応えるなど議論を惹起しており、これらは、中国の代表的メディア『東方早報』において紹介されている[10]。
蔡偉傑(深圳大学)は、「日本のモンゴル史と世界史に関する書籍は、両岸出版界にかつてないブームを巻き起こしている」「中国では、杉山正明の著書はさらに大きな影響を呼んでいる」「インターネットでも熱い討論が繰り広げられており、両岸に同時に起きている『杉山旋風』は、本当に目を見張るものがある」と評している[10]。