岡山県出身。広島陸軍幼年学校から陸軍士官学校第36期卒業。陸士の同期には辻政信がいた。終戦時はニューギニアの第18軍司令部高級参謀[2]。
1952年(昭和27年)7月、警察予備隊に入隊。第一幕僚監部第三部長、陸上幕僚副長を経て、1957年(昭和32年)8月に第3代陸上幕僚長に就任した。温厚篤実なタイプで3年間、陸幕長を務めたが[3]、この間に防衛庁長官は5人も代わった[3]。
第18軍高級参謀で苦戦中に妻を亡くし、戦後、服部卓四郎他からの勧めで東條英機の娘、東條光枝と再婚したが、癌で早世した[3]。
退官後は財団法人偕行社会長を務めた。