宇治市出身[1]。京都府立大学農学部卒業。1985年に京都府職員採用、道路建設課長などを経て、2020年に山城広域振興局建設部長兼山城北土木事務所長となった[2]が、2022年に京都府庁を退職し、城陽市理事に就任、2023年に城陽市副市長に就いた[3]。京都府職員時代には土木畑を歩み、2012年の豪雨で氾濫した城陽市内の古川の改修や2025年に開通した鷲峰山トンネルの建設などに携わった[4]。
2025年、市長の奥田敏晴が4選目となる市長選挙への不出馬を表明したことに伴い、8月1日付けで副市長を退任し、城陽市長選挙に無所属で立候補することを表明した。出馬会見には奥田も同席し、奥田市政の継承を掲げた[5]。8月31日に告示され9月7日に投開票された城陽市長選挙では、自民党、立憲民主党、国民民主党、公明党の推薦を受け、共産党推薦候補などを破り初当選を果たした[1]。
9月25日、城陽市長に正式就任。