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東京太・ゆめ子

日本の夫婦漫才コンビ From Wikipedia, the free encyclopedia

東京太・ゆめ子(あずまきょうた・ゆめこ)は、漫才協会、落語芸術協会所属の夫婦漫才コンビ。1976年結婚、1993年結成。2010年、文化庁芸術祭大衆芸能部門で大賞受賞。出囃子は「東京ブギウギ」。

結成年 1993年
解散年 2025年
(ゆめ子の死去による事実上解散)
概要 東(あずま) 京太(きょうた)・ゆめ子(こ), メンバー ...
東(あずま) 京太(きょうた)・ゆめ子(こ)
メンバー 東京太
東ゆめ子
結成年 1993年
解散年 2025年
(ゆめ子の死去による事実上解散)
事務所 漫才協会
落語芸術協会
ネタ作成者 小山田満月
大野桂
公式サイト 東京太
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メンバー

東 京太(あずま きょうた、1943年7月21日 - 2026年2月2日、本名:菅谷利雄)

東京都台東区出身。疎開のため栃木県真岡市で育った。ボケ担当。
デビュー当初に瀬川伸のショーの司会をしたことがあった。
1961年、松鶴家千代若・千代菊に入門。翌年『鶴田松夫・竹夫』というコンビを結成したが、2年で解散。
1963年 - 1985年に東京二・京太として活動。解散後、漫談や司会業をしばらくしたのち、漫才に復帰。
競輪評論家としてピンでも活動。 2025年にゆめ子が死去した後は、単独で漫談を行っている。
2026年2月2日、肺がんのため死去した。82歳没。最後の出演は2025年11月15日の浅草東洋館での漫才大行進だった[1]。

東 ゆめ子(あずま ゆめこ、1944年1月22日 - 2025年6月16日、本名:菅谷アサエ)

福岡県北九州市出身。ツッコミ担当。
専業主婦から漫才師に転向した。
2025年6月16日、心不全のため千葉県内の自宅で死去した。81歳没。落語芸術協会での最後の高座出演は同年6月の浅草演芸ホール上席だった[2]。

芸風

栃木弁の抜けない京太が、ゆめ子に押され気味で進んでいく夫婦漫才。

  • 京太が言い返そうとするが「そうなんですよ」としか言い返さない。
  • 京太が何かを言おうとするが「あれだよ、あれだよ…あれだよ」と言って出てこない。
  • なれそめを話し合うが、ゆめ子が「〇〇の場所で〇〇したじゃない」と言うと、京太は「母ちゃん、それオレじゃないよ」と言う。
  • 京太が渾身のオチを披露するもゆめ子に軽くあしらわれ、「ウチで乗せといて舞台で裏切るなんてあんまりだよ」と京太が怒る。
  • 京太がふてくされて「もう茶碗洗わない」と言う。ゆめ子に「じゃあ、ごはん作らないよ」と言われると「オレ、茶碗洗うよ」と折れる。
  • 二人で顔を見合って「んー…ねっ!」
  • ネタ終わりのフレーズは「母ちゃん、もう帰ろうよ!」。師匠の松鶴家千代若・千代菊の漫才を継承したもの。
    • ゆめ子がセリフをとちると、京太が形勢逆転とばかりに強くツッコミを入れる場合もある。

出演番組

参考文献

  • 「東京漫才列伝」(東京新聞出版局)

脚注

外部リンク

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