東安郡 From Wikipedia, the free encyclopedia 東安郡(とうあん-ぐん)は、中国にかつて存在した郡。西晋から隋初にかけて、現在の山東省西部に設置された。 概要 297年(元康7年)、東莞郡を分割して東安郡が立てられた[1]。東安郡は徐州に属した。 南朝宋のとき、東安郡は蓋・新泰・発干の3県を管轄した[2]。 北魏の献文帝のとき、東安郡は東徐州に属した。498年(太和22年)、東徐州は南青州と改称され、東安郡は南青州に属した。東安郡は蓋・新泰・発干の3県を管轄した[3]。 北周のとき、東安郡は莒州に属した。 583年(開皇3年)、隋が郡制を廃すると、東安郡は廃止されて、莒州に編入された[4]。 富春の東安郡 本節では、現在の浙江省杭州市一帯に設置された東安郡について述べる。226年(黄武5年)、三国の呉により3郡の悪地10県が分割されて、東安郡が立てられた。全琮が太守となり、郡治は富春県に置かれた。228年(黄武7年)、東安郡は廃止された[5]。 脚注 [1]『晋書』地理志下 [2]『宋書』州郡志一 [3]『魏書』地形志二中 [4]『隋書』地理志下 [5]『三国志』呉書呉主伝および全琮伝 Related Articles