松澤淳二

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生誕 (1960-10-21) 1960年10月21日(64歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都
松澤淳二
Junji MATSUZAWA
基本情報
生誕 (1960-10-21) 1960年10月21日(64歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都
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松澤 淳二(まつざわ じゅんじ、1960年10月21日 - )は、東京都出身のプロゴルファー

専修大学時代の1982年には関東学生で9位タイ[1]に入り、卒業後は川崎国際カントリークラブの研修生を経て、1985年にプロテストで合格[2]

1988年日経カップ 中村寅吉メモリアルでは初日を出口栄太郎寺田寿中村通平石武則佐々木久行鈴木弘一と並んでの21位タイ[3]でスタートしたが、2日目には鈴木と共に浜野治光山本善隆と並んでの10位タイ[4]、3日目には浜野と共に5位タイ[5]まで浮上し、最終日には7位[6]に入った。

1988年の関東オープンでは初日を2アンダー68の3位[7]でスタートし、2日目には牧野裕・浜野と並んでの8位タイ[8]、3日目には金井清一海老原清治羽川豊藤木三郎と並んでの9位タイ[9]に着けた。

1991年にはペプシ宇部で初日を佐藤英之陳志忠中華民国)、デビッド・イシイアメリカ)、杉田勇並木秀・合田・並木弘道東聡丸山智弘・牧野と共に2アンダー69の10位タイ[10]三菱ギャランでは初日を横島由一鈴木豊奥田靖己と並んでの7位タイ[11]でスタートした。

1992年にはブリヂストン阿蘇オープンでは初日を福沢孝秋新関善美白浜育男宮瀬博文磯村芳幸ピーター・シニアオーストラリア)と並んでの3位タイ[12]ダイワKBCオーガスタでも初日に川俣茂白浜敏司・横島・西川哲と共に4アンダー68の7位タイ[13]でスタートした。

ツアープロとして転戦する傍らでレッスン活動もしていたが、東京都北区の赤羽ゴルフ倶楽部に就職しキャディマスターを担当[2]

2000年アイフルカップ[14]を最後にレギュラーツアーから引退すると、2004年からは赤羽GC支配人に就任し[2]、現在は本格的なコースレッスンも担当[15]

脚注

関連項目

外部リンク

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