柴田猛 (ゴルファー)

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生誕 (1952-04-23) 1952年4月23日(73歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県
柴田 猛
Takeru SHIBATA
基本情報
生誕 (1952-04-23) 1952年4月23日(73歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県
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柴田 猛(しばた たける、1952年4月23日 - )は、愛知県出身のプロゴルファー

1977年にプロ入り[1]

1979年中部オープンでは2日目には69をマークして4位タイ[2]、3日目に2位[3]に着け、最終日には松岡金市とのプレーオフの末に2位[4] [5]であった。

1980年フジサンケイクラシックでは初日を波多野修島田幸作中村通謝敏男中華民国)・橘田規鷹巣南雄尾崎将司と並んでの10位タイ[6]でスタートし、最終日には杉原輝雄・何明忠(中華民国)、ミヤ・アエビルマ)と並んでの9位タイ[7]に入った。

1980年の中部オープンでは初日を好調なショットでボギーなしの8バーディー、64のコースレコードで首位に立ったが[8]、2日目には75を叩いて4位[9]に後退し、最終日には5位[10]に入った。

1982年デサントカップ北国オープンでは3日目、最終日共に68をマークし、新井規矩雄中嶋常幸鈴木豊・中村・藤木三郎尾崎健夫に次ぐ7位[11]に入った。

1986年には中部オープンで出口栄太郎松井角次伊藤正己に次ぐ4位タイ[12]1987年ペプシ宇部では陳志明(中華民国)・牧野裕飯合肇金井清一石井昇・中嶋と並んでの7位[13]に入った。

1988年にはNST新潟オープン室田淳海老原清治倉本昌弘稲垣太成と並んでの6位タイ[14]に入り、広島オープンでは3日目の17番パー3でホールインワンを記録[15]

1988年のジーン・サラゼン ジュンクラシックではグレッグ・ノーマンオーストラリア)、稲垣・青木功中村忠夫と並んでの7位タイ[16]に入った。

1989年アジアサーキット香港オープンでは郭吉雄(中華民国)、スティーブ・ベリアトアメリカ)と並んでの10位タイ[17]、帰国後のダイワKBCオーガスタでは木村政信植田浩史・青木・鈴木弘一と並んでの8位タイ[18]に入った。

1990年には関西プロ大山雄三・中村と並んで井戸木鴻樹の2位タイ[19]日本プロでは入野太グラハム・マーシュ(オーストラリア)、上野忠美安田春雄甲斐俊光・大山・小林富士夫と並んでの10位タイ[20]、中部オープンでは中村彰男塩田昌宏上西紘暉と並んでの6位タイ[21]に入った。

1991年にはJCBクラシック仙台で中村・加瀬秀樹浜野治光東聡と並んでの9位タイ[22]、中部オープンでは中村彰の2位タイ[23]に入った。

2002年には中部オープンで初優勝し[1]日本プロシニア陳志明(中華民国)・中村彰に次ぐ3位[24]に入った。

2003年には日本シニアオープン高橋勝成・中村に次ぐ3位[25]に入り、2004年にはキョーエイ産業鷹の巣シニアで2日間共に68をマークして[26]2勝目[1]を挙げる。

2004年にはキャッスルヒルオープン山本善隆と並んでの9位タイ[27]アデランスウェルネスオープンで尾崎健・福沢孝秋三好隆と並んでの3位タイ[28]ファンケルクラシックで中村彰・福沢・藤池昇龍と並んでの3位タイ[29]、日本プロシニアでは井上久雄・謝敏と並んでの6位タイ[30]に入った。

2005年には清里シニアオープン10位タイ[31]に入り、14年ぶりのツアー出場[32]となった2007年日本オープン[33]を最後にレギュラーツアーから引退。

主な優勝

脚注

外部リンク

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