森川公也
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第二次世界大戦まで満洲国で過ごし、戦後は広島県に引き揚げて広島県立呉三津田高等学校を卒業[3]。
明治大学入学後は、のちに俳優となる金内吉男たちと演劇活動を行い、大学卒業後の1952年に東京演技研究所に入所。その後は、劇団現代派、劇団中芸を経て1961年に劇団演劇座に所属する[3]。東京芸術座[5]、鈴木事務所[6]、文芸ぷろだくしょん[7]、劇団四季[8]、タドポール企画[9]、プロダクションエム・スリー[10]、モリヤマ企画[11]、エムワイ企画[1]、MOU企画[12]、大沢事務所[13]にも所属していた。
吹き替え草創期から活躍しており、ロバート・デュヴァルの専属(フィックス)声優として知られていた[14]。
俳優としては悪役が多く、1962年の紹介記事では、悪役が多いことについて抵抗があると述べており、演じてみたい役柄として平凡なサラリーマン役を挙げている[3]。
『欽ちゃんのどこまでやるの!?』の推理ドラマのコーナーでは、ナレーションとして出演した。1989年12月11日、逝去。