森野巧巳
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人物
来歴
2006年11月8日に、3人兄弟の長男として福井県敦賀市に生まれ、敦賀市立赤崎小学校、角鹿中学校、福井県立敦賀高等学校を卒業した。小・中学校では児童会長、生徒会長[3]を務めていた。(曽祖父は第27代敦賀市議会議長[4]、福井県老人クラブ連合会会長等を歴任した森野良治。)
小学校6年生のときに、テレビで美空ひばりの「愛燦燦」を聴いたことをきっかけに、昭和歌謡に興味を持つ。中学生時代からはレコードの蒐集を始め、現在の所蔵枚数は5,000枚を超えている。 高校在学中には、福井県内で初となる高校生によるNPO法人を設立[5][6][7][8][9][10][11]。民謡踊りの保存・継承活動をふるさと教育と連動させる新たな形の活動を展開した。また、新民謡や昭和歌謡の研究活動も行っており、これまで埋もれていた楽曲(「躍進敦賀/敦賀ラプソディー」「敦賀みなと音頭」「河和田小唄」[12]など)を発掘したり、振付をして保存・継承活動をするなどもしている。さらに、各地の新民謡を歌唱したオリジナル歌手を現地に招聘し、本人歌唱による盆踊りを復活させるイベントを、福井県大野市(わかばちどり「大野音頭/亀山慕情」[13])、南条郡南越前町(わかばちどり「今庄音頭」[14])、大飯郡高浜町(八汐亜矢子「若狭高浜音頭」[15])や埼玉県和光市(英亜里「和光音頭」[16])、三重県度会郡南伊勢町(英亜里「宿田曽音頭/宿田曽小唄」[17][18])などで企画した。
大学進学に伴い上京。2026年8月26日、フリーボードより、両面共作詞いではく、作曲遠藤実によるシングル「戻ってほしい/越前紀行」でメジャー・デビュー[19]。
デビュー時のキャッチコピーは「平成生まれ、昭和育ちの19歳」。