植松信一 From Wikipedia, the free encyclopedia 生年月日 (1954-01-13) 1954年1月13日(71歳)出生地 日本 大分県出身校 東京大学法学部称号 瑞宝重光章 日本の官僚植松 信一うえまつ しんいち (2010年 撮影)生年月日 (1954-01-13) 1954年1月13日(71歳)出生地 日本 大分県出身校 東京大学法学部称号 瑞宝重光章 内閣情報官在任期間 2010年 - 2011年テンプレートを表示 植松 信一(うえまつ しんいち、1954年(昭和29年)1月13日 - )は、日本の警察官僚。内閣情報官などを歴任。 大分県出身[1]。東京大学法学部卒業。1977年警察庁入庁[1]。 入庁同期に高石和夫元警視庁副総監などがいる。 1985年7月、警視庁国際刑事課警視だった植松は、捜査一課の中島修三警部補とともにロス疑惑捜査のため、LAに派遣され、LAPD(ロサンゼルス市警察)内でLA側の責任者たちと日米合同捜査会議を持った[2]。以降、ウィリアムス刑事を案内人として、2人は現地調査を展開。その猛烈ぶりは、のちに語り草となった[2]。 略歴 1977年 - 東京大学法学部卒業 1977年 - 警察庁入庁 1988年 - 警察庁警備局外事課理事官 1989年 - 在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官 1992年 - 警察庁警備局警備企画課理事官 1993年 - 警察庁警備局公安第二課警護室長 1995年 - 警察庁警備局公安第二課長 1998年 - 内閣官房内閣情報調査室内閣調査官 2001年 - 香川県警察本部長 2004年 - 警察庁警備局警備企画課長 2005年 - 警察大学校国際捜査研修所長 2006年 - 警察庁長官官房付(インドネシア国家警察アドバイザー) 2007年 - 警視庁公安部長 2008年 - 警視庁副総監 2009年 - 大阪府警察本部長[1] 2010年 - 内閣情報官[1] 2011年12月 - 内閣官房参与[3] 2012年1月 - 内閣官房参与退任[4] 2013年2月現在、世界政経調査会会長、三井住友銀行顧問。 2020年10月 - 原子力損害賠償・廃炉等支援機構副理事長[5] 2024年4月 - 瑞宝重光章受章[6]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 共同通信社「内閣情報官に植松氏 三谷氏は退官」47NEWS、2010年3月26日。 1 2 島田 1997, p. 260. ↑ 「危機管理監と情報官が交代 人事前倒しで北朝鮮対応強化」日本経済新聞、2011年12月27日 ↑ 「内閣参与2人が退職 『更迭』は否定(インターネットアーカイブ)」MSN産経ニュース、2012年1月10日。 ↑ 独立行政法人等の役員に就いている退職公務員等の状況等の公表について原子力損害賠償・廃炉等支援機構 ↑ 『官報』号外第106号、令和6年4月30日 参考文献 島田荘司『三浦和義事件』角川書店、1997年11月。ISBN 978-4048730082。 小山善一郎・石丸陽編 『日本警察官僚総合名鑑』 新時代社、2005年。ISBN 4-7874-9105-9。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 この項目は、警察に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。表示編集 表話編歴 内閣情報官 内閣官房内閣情報調査室内閣情報官 杉田和博 2001-2001 兼元俊徳 2001-2006 三谷秀史 2006-2010 植松信一 2010-2011 北村滋 2011-2019 瀧澤裕昭 2019-2023 原和也 2023- Related Articles