杉田和博
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| 杉田 和博 すぎた かずひろ | |
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| 生年月日 | 1941年4月22日[1] |
| 出生地 |
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| 没年月日 | 2025年12月21日(84歳没) [2] |
| 出身校 | 東京大学法学部卒業 |
| 前職 |
警察庁警備局長 内閣情報調査室長 内閣情報官 内閣危機管理監 |
| 称号 |
正三位 旭日大綬章 |
| 内閣 |
第2次安倍内閣 第2次安倍改造内閣 第3次安倍内閣 第3次安倍第1次改造内閣 第3次安倍第2次改造内閣 第3次安倍第3次改造内閣 第4次安倍内閣 第4次安倍第1次改造内閣 第4次安倍第2次改造内閣 菅義偉内閣 |
| 在任期間 | 2012年12月26日 - 2021年10月4日 |
杉田 和博(すぎた かずひろ、1941年〈昭和16年〉4月22日[1] - 2025年〈令和7年〉12月21日[2])は、日本の警察官僚。位階は正三位。神奈川県警察本部長、内閣情報調査室長、内閣情報官、内閣危機管理監、内閣官房副長官兼内閣人事局長などを歴任した。
埼玉県出身[1]。埼玉県立浦和高等学校卒業、東京大学法学部卒業。地下鉄サリン事件、國松孝次警察庁長官狙撃事件、在ペルー日本大使公邸占拠事件当時の警察庁警備局長[3]。性格は温和で、高い調整能力で知られる一方、「諜報のプロ」[3]と呼ばれるなど「危機管理には通じているが、社会福祉や経済といった国民生活全体を見渡す視野の広さに欠けている」[4]との評価もある。警察ではほぼ一貫して警備・公安畑を歩み[5]、警備局長を経て内閣官房にて内閣情報調査室長、内閣情報官、内閣危機管理監として政権中枢で公安と危機管理を担った。
2012年12月26日、第2次安倍内閣において内閣官房副長官に就任。第2次安倍政権発足時から2021年まで約9年間にわたり政府の事務方トップを務めている[6]。「総理の守護神」と呼ばれ、退官後の2008年に安倍とスキー旅行で親交を深め、第2次安倍政権の内閣官房副長官に抜擢された[7]。
2017年8月内閣人事局長に就任。内閣人事局長はそれまで国会議員である政務担当の副長官が就任していたポストであるが、事務方トップである事務担当の副長官が就任するのは初めてである[8]。
2021年7月25日、官房副長官の在職日数が3134日となり村山内閣から小泉内閣にかけて官房副長官を務めた古川貞二郎を抜いて歴代最長となった[9]。同年10月4日に退任するまでの官房副長官の在職日数は3205日となった。
略歴
- 1966年3月 - 東京大学法学部卒業[1]
- 1966年4月 - 警察庁入庁[1]
- 1967年 - 警察庁警務局人事課[11]
- 1973年5月 - 警視庁本富士警察署長[12]
- 1974年 - 警視庁警務部教養課長[12]
- 1977年 - 外務省在フランス日本国大使館一等書記官
- 1980年 - 警察庁警備局外事課理事官
- 1981年 - 警視庁警備部警備第一課長
- 1982年11月 - 内閣官房長官秘書官事務取扱[1]
- 1985年4月 - 警視庁第一方面本部長[1]
- 1986年8月 - 鳥取県警察本部長[1]
- 1988年 - 警察庁警備局外事課長
- 1989年 - 警察庁警備局公安第一課長
- 1991年 - 警察庁警務局人事課長
- 1992年 - 警察庁長官官房総務審議官
- 1993年3月 - 神奈川県警察本部長[1]
- 1994年10月 - 警察庁警備局長[1]
- 1997年4月 - 内閣官房内閣情報調査室長[1]
- 2001年1月 - 内閣情報官(初代)[1]
- 2001年4月 - 内閣危機管理監[1]
- 2004年1月 - 退官[13]
- 2005年7月 - 財団法人世界政経調査会会長
- 2012年12月26日 - 内閣官房副長官(事務担当)[14]
- 2017年8月3日 - 内閣人事局長兼務[15]
- 2021年10月4日 - 退任
- 2021年11月1日 - 東海旅客鉄道顧問
- 2022年4月29日 - 旭日大綬章受章[16][17]
- 2025年12月21日 - 死去。84歳没。
内閣官房副長官として
事務担当の内閣官房副長官は次官連絡会議を運営するなど各省間の調整を主な職務としているが、杉田は省庁の垣根を超えた特命案件のほか、各省庁の幹部の動向に睨みを利かせ、大臣以上の権力を持っていたとされる[7]。
- ドローンの規制に関する関係府省庁連絡会議を官邸に設けて、産業創出につながる利用促進と、安心・安全を確保する規制をすすめた[18]。
- 文部科学事務次官であった前川喜平が、官邸に呼び出され「新宿の出会い系バー」に出入りしていることを問い詰められたと語っている[19]。
- 国が当事者となる訴訟を未然に防ぐために法務省が関係省庁の法律相談に乗る「予防司法支援制度」の一層活用を指示[20]。
- 日本学術会議会員の任命問題で、会議側との事前協議で重要な役割を担い、人事介入が疑われた[3][21][22]。
- 2020年東京オリンピック・パラリンピックの延期を受け、2020年9月設置された「東京オリンピック・パラリンピック競技大会における新型コロナウイルス感染症対策調整会議」[23]の議長を務める[24]。
- 2021年5月 政府が東京と大阪に設けた新型コロナウイルスワクチンの自衛隊大規模接種センターの準備に、各省庁の職員で編成される特命チームを指揮したといわれる[25]。