榴岡
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 榴岡 | |
|---|---|
| 町丁 | |
|
| |
北緯38度15分29.03秒 東経140度53分14.43秒 / 北緯38.2580639度 東経140.8873417度座標: 北緯38度15分29.03秒 東経140度53分14.43秒 / 北緯38.2580639度 東経140.8873417度 | |
| 国 |
|
| 都道府県 |
|
| 市町村 |
|
| 行政区 |
|
| 地区 | 榴岡地区 |
| 人口情報(2025年4月1日現在[1]) | |
| 人口 | 4,535 人 |
| 世帯数 | 2,768 世帯 |
| 設置日 | 1988年(昭和63年)7月4日[2] |
| 郵便番号 | 983-0852[3] |
| 市外局番 | 022[4] |
| ナンバープレート | 仙台 |
| 運輸局住所コード | 04001-0327[5] |
| 町字ID[6] |
0065001(榴岡一丁目) 0065002(榴岡二丁目) 0065003(榴岡三丁目) 0065004(榴岡四丁目) 0065005(榴岡五丁目) |
榴岡(つつじがおか)は、宮城県仙台市宮城野区の町丁。榴岡一丁目から榴岡五丁目までが設置されている。郵便番号は983-0852(仙台東郵便局の集配区)。住民基本台帳に基づく人口は4,535人、世帯数は2,768世帯(2025年4月1日現在)[1]。


榴岡はJR仙台駅の東口一帯にあたる。東口広場付近にはヨドバシ仙台、BiVi仙台駅東口などの商業施設や、仙台駅直結のオフィスビルであるJR仙台イーストゲートビルがある。この他には宮城野通、東七番丁、東八番丁の各通り沿いを中心にオフィス街が形成されている。榴岡四丁目のパルシティ仙台には仙台市榴岡図書館や仙台市生涯学習支援センターが入居している。榴ケ岡二丁目には東北福祉大学の仙台駅東口キャンパスが、榴岡五丁目の榴ケ岡駅の近傍にはホテルやホールなどの複合施設である仙台サンプラザがある。
榴岡にはいくつかの寺院が点在している。そのうち孝勝寺には仙台市指定の文化財である釈迦堂がある。これは仙台藩四代藩主の伊達綱村が母である三沢初子を供養するために建立したもので、宮城県図書館の建設に伴って榴ケ岡から移築されたものである[7]。
なお、「ケ」の字が入る榴ケ岡(つつじがおか、郵便番号は983-0851)の町名が、榴岡三丁目や五丁目の北側に存在する。榴岡公園や仙台市立榴岡小学校の所在地はこの「榴ケ岡」である[注釈 1]。
歴史
仙台駅東口はかつて「駅裏」と言われ、低層住宅や寺院、工場が混在するインナーシティであったが、1973年(昭和48年)8月より仙台駅東第一土地区画整理事業[8]が施行され街並みが一変した。1988年(昭和63年)2月6日には宮城野通周辺地区[9]の都市計画が決定され、同年、住居表示施行により榴岡という地名が同土地区画整理事業実施地区に付けられた[10]。2023年(令和5年)、宮城県暴力団排除条例に基づき、榴岡一丁目、榴岡二丁目が暴力団排除特別強化地域に指定された[11]。
町名の変遷
住居表示実施による町名の変遷は以下の通りとなる[2]。
| 変更後 | 変更前(特記なければ一部) | 変更日 |
|---|---|---|
| 町丁 | ||
| 榴岡一丁目 | 中央一丁目 | 1988年7月4日 |
| 東七番丁 | ||
| 東八番丁 | ||
| 柳町通 | ||
| 北目町通 | ||
| 榴岡二丁目 | 東七番丁 | |
| 東八番丁 | ||
| 榴岡三丁目 | 東八番丁 | |
| 東九番丁 | ||
| 東十番丁 | ||
| 榴岡四丁目 | 東八番丁 | |
| 東九番丁 | ||
| 榴岡五丁目 | 東九番丁 | |
| 東十番丁 |
世帯数と人口
2025年(令和7年)4月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 榴岡一丁目 | 215世帯 | 288人 |
| 榴岡二丁目 | 328世帯 | 580人 |
| 榴岡三丁目 | 1,013世帯 | 1,648人 |
| 榴岡四丁目 | 461世帯 | 765人 |
| 榴岡五丁目 | 751世帯 | 1,254人 |
| 計 | 2,768世帯 | 4,535人 |
世帯数と人口の推移
国勢調査による1995年(平成7年)以降の世帯数と人口の推移は以下の通りである。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[12] | 3,999 |
| 2000年(平成12年)[13] | 3,501 |
| 2005年(平成17年)[14] | 4,524 |
| 2010年(平成22年)[15] | 4,988 |
| 2015年(平成27年)[16] | 5,083 |
| 2020年(令和2年)[17] | 5,352 |
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[12] | 1,998 |
| 2000年(平成12年)[13] | 1,905 |
| 2005年(平成17年)[14] | 2,554 |
| 2010年(平成22年)[15] | 3,037 |
| 2015年(平成27年)[16] | 3,091 |
| 2020年(令和2年)[17] | 3,181 |

