横山竜士

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1976-06-11) 1976年6月11日(49歳)
身長
体重
178 cm
80 kg
横山 竜士
2011年
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福井県勝山市
生年月日 (1976-06-11) 1976年6月11日(49歳)
身長
体重
178 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1994年 ドラフト5位
初出場 1997年4月13日
最終出場 2014年8月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 広島東洋カープ (2020 - 2025)

横山 竜士(よこやま りゅうじ、1976年6月11日 - )は、福井県出身の元プロ野球選手投手)・コーチ

プロ入り前

福井県勝山市出身。福井商高では1年秋に北信越大会準決勝で先発したが敗退、2年秋も同大会の準々決勝で完投するも惜敗。3年春は北信越大会ベスト4で夏は県大会決勝で完投したが敗退して甲子園にはあと一歩届かなかった。

1994年ドラフト5位で広島東洋カープに入団。

プロ入り後

1997年に中継ぎでの起用ながら10勝を挙げるブレイクを果たす。

1999年には先発として期待されたが、右肩ルーズショルダーに見舞われ登板機会が激減した。

2005年にセットアッパーとして復活。

2006年シーズンは永川-横山-ベイルとつなぐ「NYB」のリリーフトリオの一角として活躍した。

2007年は開幕前にブラウン監督から「キャンプで特に成長した投手の一人」と評価され、シーズンでは中継ぎとして60試合に登板し安定感のある投球を続けた。

2008年は自己ベストの防御率1.50を記録し、永川に継投する絶対的な中継ぎの柱としてチームのAクラス争いにも貢献したが、故障での離脱もあり38試合の登板に留まり、その間はチームも苦戦を強いられる結果となった。

2009年は故障で離脱することなく自己最多の69試合に登板した。しかし自己ワーストの8敗を喫する。ピンチを作ってシュルツに交代する機会も度々あり、安定感は今ひとつだった。また国内FA権を取得したが、行使せずに3年契約で残留。

2010年は不調の永川に代わってシーズン途中よりクローザーを務め、自己最高の11セーブを記録した。防御率も2年ぶりに1点台をマークする好成績を挙げた。

2011年は開幕前の3月に腰のガングリオン切除手術を受け、シーズンの大半を回復に費やすこととなった。9月には一軍に復帰したものの、まもなく2軍に降格しシーズンを終えた[1]

2012年は中継ぎとして23試合に登板。敗戦処理や大きくリードする展開での登板が主ながらも、好投を続け防御率は0.42だった。

2013年は中継ぎとして37試合に登板。対ヤクルト戦では防御率1.38を残す一方で、対巨人戦では防御率9.00であった[2]

2014年は6試合の登板に終わり、9月21日にMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島で会見を行い、同年限りでの現役引退を発表した[3][4]

現役引退後

2015年から、中国放送(RCC)の野球解説者、デイリースポーツの野球評論家を務める。

2019年10月21日、古巣・広島に投手コーチとして復帰することが発表され、マツダスタジアム内で就任会見を行った[5][6]。同29日には、担当が一軍投手コーチであることが発表された[7]。翌月の秋季キャンプから本格始動で、11月2日から17日までチームに帯同[8]。11月2日、日南秋季キャンプで初指導した[9]

2023年まで同職を務め、2024年からは二軍投手コーチに転換された[10]2025年オフに球団から来季のコーチ契約を結ばないことが発表された[11]

2026年からはデイリースポーツの野球評論家に復帰した他、J SPORTSの解説者として春季キャンプ中継から活動する。かつて解説者を務めた中国放送には退任直後の2025年11月20日の『イマナマ!』にゲスト出演した。

選手としての特徴

ストレートの平均球速約141km/h[12]

けん制球の名手として知られ、NHK球辞苑」において、VTRゲストとしてテクニックを披露した。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1997 広島 5600001051--.66739993.279739031048035343.271.26
1998 240000211--.66714735.02311921437113102.571.20
1999 2312510740--.636453108.01041533001083042413.421.27
2000 32101100--1.0005916.0701011710210.560.50
2001 2113000260--.25038285.289114024490049394.101.51
2002 66000140--.20014330.14410712241132298.601.68
2003 130000020--.0009621.12341102191015156.331.59
2004 31000010--.000368.183200900533.241.20
2005 2900001106.50015337.027112112801992.191.05
2006 48000045113.44424155.262111820531131304.851.44
2007 60000033015.50029572.053102824572029212.631.13
2008 38000051316.83316542.027314323410971.500.98
2009 69000038031.27327064.05752612562027253.521.30
2010 46000032118.60020650.0373171348201291.621.08
2011 200000000.00081.0302001005545.005.00
2012 23000020051.0008621.21109231500210.420.92
2013 37000011015.500166393651651240014143.231.36
2014 6000010011.000346.2122301310668.102.25
通算:18年 50734611464417110.5113339787.17029129722306923043372993.421.27
  • 各年度の太字はリーグ最多

記録

初記録
投手記録
  • 初登板:1997年4月13日、対横浜ベイスターズ3回戦(横浜スタジアム)、7回裏に3番手で救援登板、2回無失点
  • 初奪三振:同上、8回裏にロバート・ローズから
  • 初勝利:1997年4月20日、対中日ドラゴンズ2回戦(長良川球場)、7回表に3番手で救援登板・完了、3回無失点
  • 初セーブ:1997年8月27日、対阪神タイガース22回戦(阪神甲子園球場)、7回裏に2番手で救援登板・完了、3回1失点
  • 初先発:1999年4月27日、対横浜ベイスターズ2回戦(横浜スタジアム)、6回2失点
  • 初先発勝利・初完投勝利:1999年5月7日、対中日ドラゴンズ7回戦(宇部市野球場)、9回14奪三振1失点
  • 初完封勝利:1999年10月11日、対読売ジャイアンツ27回戦(広島市民球場)
  • 初ホールド:2005年7月31日、対横浜ベイスターズ13回戦(広島市民球場)、7回表に2番手で救援登板、1回無失点
打撃記録
  • 初安打:1997年5月30日、対横浜ベイスターズ7回戦(広島市民球場)、6回裏に西清孝から中前安打
  • 初打点:1999年4月8日、対阪神タイガース3回戦(広島市民球場)、6回裏に藪恵壹から一塁適時内野安打
節目の記録
  • 500試合登板:2013年10月2日、対阪神タイガース24回戦(マツダZoom-Zoomスタジアム広島)、8回表に3番手で救援登板、2/3回無失点 ※史上90人目

背番号

  • 66(1995年 - 1996年)
  • 53(1997年)
  • 23(1998年 - 2014年)
  • 82(2020年 - 2025年)

関連情報

解説者

テレビ
ラジオ
スポーツ新聞
  • デイリースポーツ広島版( - 2019年)

連載

  • CARP TIMES「横山竜士のウイニングショット」(中国新聞社、 - 2019 VOL.10(2019年11月発行))
  • デイリースポーツ広島版「横山竜士のゴルフ対決」

過去の出演

テレビ
  • Eタウン(2015年4月11日 - 2020年1月11日) コメンテーター
  • Veryカープ!祝!カープ連覇V8(2017年9月18日深夜、RCCテレビ)
  • イマなまっ! 1時間拡大 祝!二連覇カープ優勝スペシャル(2017年9月19日、RCCテレビ)
  • 新春 瀬戸内釣り物語シリーズ(RCCテレビ) Very!カープ軍としてカープ軍・佐々岡真司と2019年1月放送まで毎年対決した。2020年1月放送は佐々岡も横山もカープのため、カープ軍対Very!カープ軍という構図は外れた。

脚注

関連項目

外部リンク

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