フランス映画祭 (日本)

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フランス映画祭(フランスえいがさい、フランス語: Festival du film français)は、日本で毎年行われているユニフランスフランス語版主催の映画祭。日本初公開となるフランス映画の新作を中心に上映される。

イベントの種類 映画祭
正式名称 フランス映画祭
旧イベント名 フランス映画祭横浜
初回開催 1993年
概要 フランス映画祭, イベントの種類 ...
フランス映画祭
イベントの種類 映画祭
正式名称 フランス映画祭
旧イベント名 フランス映画祭横浜
初回開催 1993年
会場 神奈川県横浜市(1993年~2005年、2018年~2025年)
東京都港区ほか(2006年~2010年)
東京都千代田区ほか(2011年~2017年)
東京都渋谷区(2026年)
主催 ユニフランスフランス語版
共催 駐日フランス大使館アンスティチュ・フランセ
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1953年に第1回「フランス映画祭」が開催され、1966年までに計4回開催された。1993年から2005年までは、毎年6月に神奈川県横浜市みなとみらい地区にて「フランス映画祭横浜」の名称で開催された。2006年からは、毎年3月に東京大阪などで「フランス映画祭」の名称で開催されている。2018年に13年ぶりに開催地が横浜に戻り、その後は2025年まで横浜市みなとみらい地区で開催された[1]

概要

主催のユニフランスは、フランス文化省のフランス中央映画庁(CNC)の非営利外郭団体で、海外でのフランス映画の普及・振興を目的としたプロモーション活動を行っている[2]。1953年に第1回フランス映画祭を開催した。

毎年フランスから映画監督俳優が映画祭のために来日する。横浜時代は、上映前に舞台挨拶、上映後に観客との質疑応答・サイン会が、ほぼすべての上映回において行われるファンサービス豊かな映画祭であった。2006年に東京等に会場を移してからは、メイン上映回などのみ質疑応答・サイン会が行われるなどしている。

横浜時代は、2003年までは今泉幸子が作品選考ディレクターを、2004年からは佐藤久理子が作品選定アドバイザーを務めた。会場を東京等に移した2006年以降は作品選考委員などを設けず、日本での配給がすでに決まっている作品を中心に上映している。このため、日本での上映機会が少ない質の高い作品を観ることができる映画祭という特徴を失ってしまった。

歴史

フランス映画祭(1953年〜1966年)

第1回フランス映画祭(1953年10月18日 - 28日)。
映画祭に参加するため来日したジェラール・フィリップシモーヌ・シモン
第2回フランス映画祭(1959年6月8日 - 13日)。
映画祭に参加するため来日したミレーヌ・ドモンジョ
第3回フランス映画祭(1963年4月1日 - 10日)。
映画祭に参加するため来日したフランソワ・トリュフォーマリー・ラフォレアラン・ドロン、フランソワーズ・ブリオン。
第4回フランス映画祭(1966年10月11日 - 19日)。
映画祭に参加するため来日したジャック・シャリエ。

1953年(昭和28年)9月18日、「日本国とフランスとの間の文化協定」(日仏文化協定)の批准書がパリで交換された[3]。協定成立に伴い、10月18日から28日にかけて、第1回フランス映画祭がユニフランス・フィルムの主催により、東京都の第一生命ホールと新丸ビル・ホール、大阪市の大阪ガスホールと朝日会館京都市の公楽会館で開催された[4][5]。『夜ごとの美女』『浮気なカロリーヌ』『嘆きのテレーズ』『裁きは終りぬ』『恐怖の報酬』『失われた想い出』『陽気なドン・カミロ』『肉体の悪魔』『輪舞』の計9本の長編と、短編2本が上映された。アンドレ・カイヤットジェラール・フィリップシモーヌ・シモンが映画祭に参加するため来日した[4]

1959年(昭和34年)6月8日から13日にかけて、第2回フランス映画祭がユニフランス、日本映画海外普及協会、外国映画輸入配給協会の主催により、東京都の読売ホールで開催された。『レ・ミゼラブル』『自殺への契約書』『いとこ同志』『燃える大地』『二十四時間の情事』『アルピニスト 岩壁に登る』の6本の新作長編と、短編映画『セーヌの詩』が上映された。ジュリアン・デュヴィヴィエミレーヌ・ドモンジョが映画祭に参加するため来日した[6][7]

1963年(昭和38年)4月1日から10日にかけて、第3回フランス映画祭が東京都千代田区の東商ホールで開催された。ジャン=ガブリエル・アルビコッコの『金色の眼の女』と『アメリカのねずみ』、『突然炎のごとく』『ミス・アメリカ パリを駆ける』『シベールの日曜日』『女はコワイです』『不滅の女』『地下室のメロディー』『地獄の決死隊』の計9本の長編と、短編映画『ふくろうの河』が上映された[8]フランソワ・トリュフォーアラン・ドロンマリー・ラフォレセルジュ・ブールギニョンアレクサンドラ・スチュワルトアルベール・ラモリス、フランソワーズ・ブリオンらが映画祭に参加するため3月28日に来日した[9][10]

1966年(昭和41年)10月11日から19日にかけて、第4回フランス映画祭が東商ホールと草月ホールで開催された。ジャン=リュック・ゴダールの『アルファヴィル』『気狂いピエロ』『男性・女性』のほか、『戦争は終った』『城の生活』『創造物』『悲しみの天使』『317小隊』『バルタザールどこへ行く』など計23本の映画が上映された[11][12]クロード・ルルーシュマリー=フランス・ピジェジャン=ルイ・トランティニャン、パスカル・オードレ、ジャック・シャリエらが映画祭に参加するため来日した[13][14]

フランス映画祭横浜(1993年〜2005年)

「フランス映画祭横浜」が行われたパシフィコ横浜会議センター棟(下層部の建物)

映画プロデューサーでユニフランス会長(当時)のダニエル・トスカン・デュ・プランティエフランス語版が、日本での映画祭を企画。横浜市が地域興しのためにその招致に名乗りを上げ、横浜市での開催が決まる。1993年6月に第1回フランス映画祭横浜'93が開催される。会場はパシフィコ横浜会議センター棟1階メインホール(1002席)で、期間は4日間(木曜日から日曜日)[15]

1995年6月にフランスのシラク大統領核実験の再開を発表し、ムルロア環礁で核実験を行った。このため日本でもフランス製品の不買運動が起きた。翌年6月の第4回フランス映画祭横浜'96では、横浜市からの補助金が3割近く縮小され、横浜市民との交流を深めるため、市民招待特別鑑賞会などが行われた[16]

1996年に、高秀秀信・横浜市長(当時)に、フランス映画祭横浜の開催への功績などによりフランス芸術文化勲章が贈られた[17]

2001年6月の第9回フランス映画祭横浜2001からは水曜日からの5日間開催となった。

2002年の横浜市長選挙にて市長を12年間務めた高秀秀信が敗れ、4月から中田宏が横浜市長に就いた。この6月の第10回フランス映画祭横浜2002では、ユニフランス会長(当時)のダニエル・トスカン・デュ・プランティエに横浜文化賞が贈られ、高秀秀信・前市長(当時)にレジオン・ドヌール勲章が贈られた[18]。また、フランス映画トロフィー(後述)が発足し、これらの授賞式が行われたセレモニーには高円宮同妃が出席した。なお、高秀秀信・前市長(当時)はこの年8月に亡くなった。

2003年2月ユニフランス会長(当時)のダニエル・トスカン・デュ・プランティエが急逝(61歳)。新しいユニフランス会長に映画プロデューサーのマルガレート・メネゴーズが就いた。

2004年6月の第12回フランス映画祭横浜2004では、それまでの今泉幸子に代わって佐藤久理子が作品選定アドバイザーに就いた[19]。フランス映画祭横浜で初めて長編アニメーションが上映され、また観客賞が初めて設けられた。

2005年6月の第13回フランス映画祭横浜2005では、観客の増加を受けて、メイン会場のパシフィコ横浜の他にワーナー・マイカル・シネマズみなとみらいと109シネマズMM横浜がサブ会場となり、すべての長編作品がサブ会場でも上映された[20]

中田市長になりフランス映画祭横浜の規模縮小や開催中止があやぶまれたが、2005年6月に横浜シネマテークが発足し[20]、また2005年から毎年6月は「横浜フランス月間」が行われるようになった[21][22]。しかし、横浜フランス月間の中心となるはずのフランス映画祭は2006年から3月開催となってしまった。

3月開催への変更

2005年夏にユニフランス側から翌年3月開催を打診されたが、横浜市は2005年度の予算はすでに組んでいるうえ、2005年度のフランス映画祭は6月に開催済みであったため、2005年度内となる2006年3月の開催では予算が組めないと断った[23]。ただし、横浜市としては以前のような映画祭への参加も考えていることを表明した[24]。なお、ユニフランス側は、横浜市長選が2006年3月にあったため横浜市が断ったのだと説明している[25]

フランス映画祭(2006年以降)

六本木ほか(2006年〜2010年)

2006年は3月に「フランス映画祭2006」の名称で東京・大阪にて開催された。2005年までのような作品選定委員は設けず、日本での配給決定済み11本とフランスの映画会社からの自薦19本の計30本の長編と短編特集を上映した[25]。東京ではメイン会場にシネマメディアージュお台場)、サブ会場にVIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズ(現・TOHOシネマズ六本木ヒルズ)、大阪ではTOHOシネマズ高槻(現:高槻アレックスシネマ)が会場となった。なお、オープニングセレモニーは招待客のみでの上映であった。

2007年3月のフランス映画祭2007では、東京・横浜・大阪で開催された。日本での配給決定済み12本を含む長編16作品と短編特集が上映された。関東ではメイン会場にTOHOシネマズ六本木ヒルズ、サブ会場にシネマメディアージュ、TOHOシネマズららぽーと横浜、大阪ではTOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ高槻が会場となった。なお、横浜では長編3本と短篇特集のみの上映であった。

2008年3月のフランス映画祭2008は、東京・大阪で開催された。日本での配給決定済み5本を含む長編13作品と短編特集が上映された。東京ではTOHOシネマズ六本木ヒルズ、大阪ではTOHOシネマズなんばが会場となった。関東ではTOHOシネマズ六本木ヒルズのスクリーン7(644席)での上映は3回のみで、他はスクリーン5(265席)・スクリーン6(180席)での上映である。これは、すべての上映作品をパシフィコ横浜会議センター棟1階メインホール(1002席)で上映していた2005年までの横浜時代と比べ、大幅な規模縮小となる。

2009年1月ユニフランス会長にマルガレート・メネゴーズに代わって映画プロデューサーのアントワーヌ・ド・クレモン=トネールフランス語版が就いた。

2009年3月のフランス映画祭2009は、東京のみでの開催された。日本での配給決定済み7本を含む長編15作品と短編特集が上映された。会場はTOHOシネマズ六本木ヒルズで、すべての作品がスクリーン7(644席)で上映された。期間は木曜から日曜日までの4日間。

2009年4月から、ユニフランスの新しいディレクターにレジーヌ・アチョンドが就いた(会長はクレモン=トネールのまま)。

2010年3月のフランス映画祭2010は、日本での配給決定済み7本を含む長編14作品と短編特集が上映された。期間は木曜から春分の日の月曜までの5日間。2009年同様、東京のみでの開催で、すべての作品がTOHOシネマズ六本木ヒルズのスクリーン7(644席)で上映された。この年のフランス映画祭から、短文投稿サービスTwitterソーシャル・ネットワーキング・サービスFacebookMyspaceに公式アカウントが作られ、映画祭情報が提供されるようになった(Myspaceのアカウントは現在休止している)。

有楽町ほか(2011年~2017年)

2011年以降のフランス映画祭が行われた有楽町マリオン(有楽町朝日ホールは写真中央のビル内、TOHOシネマズ日劇3は写真左のビル内)

2011年のフランス映画祭2011は、6年ぶりに6月開催となった(2010年10月に開催日時が発表された)。日本での配給決定済み4本とビデオリリース決定済み1本を含む長編12作品と短編特集が上映された。期間は木曜(ただし上映作は1本のみ)から日曜までの4日間。初めて東京・有楽町で開催され、会場は有楽町朝日ホール(772席)で、レイトショーのみTOHOシネマズ日劇3(522席)で上映された。映画祭運営は、初めてユニフランス・フィルムズと東京フィルメックスとの共同で行われた。

2012年は、20回記念として6月に「20th アニバーサリー フランス映画祭」として開催された。日本での配給決定済み10本を含む長編11作品と短編特集が上映された。期間は6月21日(木)(ただし上映作は1本のみ)から24日(日)までの4日間。2011年同様、会場は有楽町朝日ホール(772席)で、レイトショーのみTOHOシネマズ日劇3(522席)で上映され、映画祭運営はユニフランス・フィルムズと東京フィルメックスとの共同で行われた。

その後、「フランス映画祭2012」として京都で6月25日と26日の2日間、福岡で6月27日から7月1日の5日間開催された。京都では、東京での上映作のうち長編5作品と短編特集が京都シネマにて上映された。福岡では、福岡市総合図書館西鉄ホールにて上映された[26]

2013年1月、ユニフランス会長にアントワーヌ・ド・クレモン=トネールに代わって映画監督のジャン=ポール・サロメフランス語版が就いた[27]

2013年のフランス映画祭2013は、日本での配給決定済み長編8本と旧作のデジタル修復版1本を含む長編13作品 (うち1作品は短編1本との併映) と短編特集が上映された。期間は6月21日から24日までの4日間(金曜は2本のみ上映、最終日は祝日ではなく平日)。2011年・2012年同様、会場は有楽町朝日ホール(772席)で、レイトショーのみTOHOシネマズ日劇3(522席)で上映され、映画祭運営はユニフランス・フィルムズと東京フィルメックスとの共同で行われた。また、京都・大阪・福岡でも上映が行われた。

横浜(2018年~2025年)

2018年以降のフランス映画祭が開催された横浜みなとみらいホール

2018年のフランス映画祭は、日仏交流160周年を記念して、13年ぶりに横浜市みなとみらいで開催された。会場は横浜みなとみらいホールイオンシネマみなとみらいの2会場で、6月21日から24日まで開催された。団長はフランスの女優ナタリー・バイ、フェスティバル・ミューズは常盤貴子が務めた[1][28]

2019年も引き続き横浜市みなとみらいで6月20日から23日までの4日間開催となった。団長は映画監督のクロード・ルルーシュ、フェスティバル・ミューズは中谷美紀が務めた。会場は前回と同じく横浜みなとみらいホールとイオンシネマみなとみらいの2会場で、合計16作品が上映された[29]。また、地方開催として「フランス映画祭 in 関西」が京都府京都市同志社大学寒梅館クローバーホール/ハーディーホールと出町座大阪府大阪市シネ・ヌーヴォ、「フランス映画祭 in 福岡」福岡県福岡市西鉄ホールで開催された[30]

2020年も引き続き横浜市みなとみらいで6月開催を予定していたが、新型コロナウイルス感染症世界的流行により開催が一度見合された[31]。その後、開催が12月に決定し、12月10日から13日まで開催された[32]。団長はイザベル・ユペールが務め、フェスティバル・ミューズは米倉涼子が務めた[33]

2021年は11月11日から14日まで開催され、合計11作品が上映された。会場は引き続き横浜市みなとみらい地区で、フェスティバル・ミューズは女優のが務めた[34]

2022年は12月1日から4日まで開催され、合計11作品が上映された。フェスティバル・ミューズは石田ゆり子が務めた[35]

2024年は「横浜フランス映画祭2024」と題して3月20日から24日までの5日間開催され、13作品が上映された[36][37]。開催初日にはJR桜木町駅前にレッドカーペットが敷かれ、特別アンバサダーの役所広司などが登壇した[38]

2025年は「横浜フランス映画祭2025」と題して3月20日から23日までの4日間開催され、10作品が上映された[39]。公式アンバサダーに二階堂ふみが就任し[40]、フェスティバルサポーターにMEGUMIが就任した[41]。開催初日には横浜市役所アトリウムでレッドカーペットイベントが開催され、歌手のクリスタル・ケイがライブパフォーマンスを披露した[42]

渋谷(2026年)

2026年は会場が東京都渋谷区へ移り、3月19日から22日までBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ユーロライブの2会場で開催され、合計12作品が上映された[43]。横浜開催となった2018年から一貫して特別協賛を務めていた日産自動車が協賛から外れ、アニエス・ベーが特別協賛を引き継いだ。また、オフィシャルパートナーに東急ホテルズ、特別協力にBunkamuraが入るなど、全体として渋谷を拠点とする東急グループの関与が深くなった[44]

年表

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フランス映画祭[45]
年月 開催都市 会場
1 1993年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
2 1994年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
3 1995年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
4 1996年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
5 1997年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
6 1998年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
7 1999年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
8 2000年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
9 2001年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
10 2002年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
11 2003年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
12 2004年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
13 2005年6月 神奈川県横浜市 パシフィコ横浜会議センターメインホール
14 2006年3月 東京都港区 シネマメディアージュ、VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズ
大阪府高槻市 TOHOシネマズ高槻
15 2007年3月 東京都港区 TOHOシネマズ六本木ヒルズ、お台場シネマメディアージュ
神奈川県横浜市 TOHOシネマズららぽーと横浜
大阪府大阪市 TOHOシネマズなんば
大阪府高槻市 TOHOシネマズ高槻
16 2008年3月 東京都港区 TOHOシネマズ六本木ヒルズ
大阪府大阪市 TOHOシネマズなんば
17 2009年3月 東京都港区 TOHOシネマズ六本木ヒルズ
18 2010年3月 東京都港区 TOHOシネマズ六本木ヒルズ
19 2011年6月 東京都千代田区 有楽町朝日ホールTOHOシネマズ日劇
20 2012年6月 東京都千代田区 有楽町朝日ホール
21 2013年6月 東京都千代田区 有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇
22 2014年6月 東京都千代田区 有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇
23 2015年6月 東京都千代田区 有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇
24 2016年6月 東京都千代田区 有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇
25 2017年6月 東京都千代田区 有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇
26 2018年6月 神奈川県横浜市 横浜みなとみらいホールイオンシネマみなとみらい
27 2019年6月 神奈川県横浜市 横浜みなとみらいホール、イオンシネマみなとみらい他
28 2020年12月 神奈川県横浜市 横浜みなとみらい21地区
29 2021年11月 神奈川県横浜市 横浜みなとみらい21地区
30 2022年11月 神奈川県横浜市 横浜みなとみらい21地区
31 2024年3月 神奈川県横浜市 横浜みなとみらい21地区
32 2025年3月 神奈川県横浜市 横浜みなとみらい21地区
33 2026年3月 東京都渋谷区 Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ユーロライブ
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フランス映画トロフィー

前年3月から翌2月までの1年間に日本で公開されたフランス映画の興行成績上位5作品から最も印象的だった作品に与えられる賞。著名人からなる審査員によって1作品が選ばれる。2002年と2003年のみ行われた。

観客賞

2004年創設。ただし、2005年は投票が行われなかった。

備考

脚注

関連項目

外部リンク

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