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横須賀昌美

日本の女優・元グラビアモデル From Wikipedia, the free encyclopedia

横須賀 昌美(よこすか よしみ、1962年8月25日[1][注釈 1] - )は、日本の女優・元グラビアモデル。生年月日は、デビュー時より1962年8月25日で通していたが、1990年代中頃より、10歳若く見積もった1972年8月25日の生年月日を使用するようになる。血液型B型。旧芸名は「横須賀 よしみ」、「横須賀 蓉美」(いずれも「よこすか よしみ」と読む)。サイアン・インターナショナル所属[1]。身長170cm。B81cm、W58cm、H88cm(1992年2月)[3]。

本名 黒坂 昌美(くろさか よしみ)
別名義 横須賀 よしみ
横須賀 蓉美
生年月日 (1962-01-08) 1962年1月8日(64歳)
概要 よこすか よしみ 横須賀 昌美, 本名 ...
よこすか よしみ
横須賀 昌美
本名 黒坂 昌美(くろさか よしみ)
別名義 横須賀 よしみ
横須賀 蓉美
生年月日 (1962-01-08) 1962年1月8日(64歳)
出生地 日本の旗 石川県金沢市
血液型 B
ジャンル グラビアモデル
女優 (Vシネマ・映画・テレビドラマ)
主な作品

映画
・『夕ぐれ族』(1984年)


 Vシネマ
・『マニラ・エマニエル夫人 魔性の楽園』(1992年)
・『マニラ・エマニエル夫人 危険な楽園』(1993年)
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概要 プロフィール, 生年月日 ...
よこすか よしみ
横須賀 よしみ
プロフィール
生年月日 1962年8月25日
現年齢 64歳
出身地 日本の旗 日本・石川県金沢市
血液型 B型
公称サイズ([1]時点)
身長 / 体重 170 cm / ― kg
スリーサイズ 86 - 60 - 90 cm
英米単位系
身長 / 体重 5 ft 7 in / ― lb
スリーサイズ 34 - 24 - 35 in
活動
デビュー 1981年
ジャンル 女優、歌手
モデル内容 一般、ヌード
備考 2002年第1回日本DVDシネマ大賞 助演女優賞受賞
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来歴

石川県金沢市出身[1]。国本女子高等学校出身。

1980年、資生堂キャンペーンガールに選出されCMモデルとしてデビュー。JALやロッテ、花王と続けざまに大手企業のCM出演も果たし[3]、CM界の松田聖子[4] と称された。翌年アイドル歌手としてもデビュー、短期間で人気の頂点を極める。もともとが歌手志望で、小学校の時に当時全盛だった山口百恵、桜田淳子、森昌子の花の中三トリオにあこがれてスター誕生!に応募したことがある。しかし、オーディションの通知が来たにもかかわらず怖くなって辞退したという経緯がある[5]。

テニス、バスケットをやっており、その他スポーツは万能で両手で字が書けるという特技を持っている[6]。母校の国本女子高等学校では校則が厳しく、授業態度などを先輩の桜田淳子と比較されてつらかったと告白しているが[7]、その桜田淳子とは、後に雑誌のテニスの企画で共演を果たしており、その時に桜田のことを成績が大変良かったと聞かされたと称えている。

田原俊彦のファンであることを公言すると、剃刀同封の手紙が送られてきたこともあったという[8]。

1984年、交際していた男性と一緒にベッドにいる写真が週刊誌に掲載された。この写真についての本人は「布団の下は着衣で、軽い気持ちで友人に撮ってもらっただけ。でもアイドルとしては軽率でした」と弁明した。しかし、イメージダウンを免れることは出来ず、CMを降板、事務所からも契約解除などの処遇を受ける。この事件は当時、第2のニャンニャン事件とマスコミを騒がせた[4][注釈 2]。CM降板の違約金は3800万円。3000万円は貯金で賄い、残りの800万円はエアロビクスのインストラクターや六本木のスナックの雇われママなど様々なアルバイトを掛け持ちして2年で返済したという[9][10]。人気絶頂時の月収は当時の金額で500万円近かったが、事件後は3万円にまで落ち込んだというくらい、その余波は大きかった[4]。

1984年公開の映画『夕ぐれ族』に尾崎真理役で出演。当初、主演のオファーが舞い込んだが、この時点では資生堂との契約が続いていたため[要出典]、ヌードにはならず配役につく。同時期にまた週刊誌にホステスとして勤務してる写真が掲載され「ポルノ女優3回目の変身」などと書かれたりした。これについても本人は「客として行った時の写真で、そういう事実はない」と否定している[11]。

転機になったのは『マニラ・エマニエル夫人 魔性の楽園』(1992年、東映ビデオ)で、このVシネマで初めて大胆な濡れ場を演じており、これ以降ヌードの役が増えるが、「主役をやれることが大切だった。」と語っており、これ以来テレビ局からも多くのオファーを受けるようになる。しかし脱ぎの仕事ばかりで、本人にとっては不本意だったが、Vシネマでは定期的に主役級の仕事が入るようになり1本平均150万円というギャラは生活を安定させるには十分だったという。この時期にはVシネマの女王との異名もとっている[10]。

私生活では、1995年に結婚しその後1999年に離婚と長男を出産している[12]。2008年には女優業の傍ら、郷里の金沢市片町で実妹とスナックを経営している。お酒が好きで「昔はザルでした。40分でボトル1本空けてその間にビールかワインをやるという感じで」と語っている[13]。

2013年、11月23日放送『お願い!ランキング GOLD 2時間スペシャル』(テレビ朝日)で自身の店であるカラオケスナック、『百(MOMO)』が紹介された。

出演

バラエティ

映画

テレビドラマ

Vシネマ

舞台

  • 負けてたまるか(1999年、きよし座旗揚げ公演)

イメージビデオ

  • IN LOVE(クリスタル映像)
  • 誰・か・を・愛・し・た・い(1988年、ケイブンシャ)
  • 発光体 LUMINOUS BODY(1989年、サザンクロスビデオアーツ)
  • コスモス(1991年、パワースポーツ)
  • 欲望のヴィーナス(1992年、大陸書房)
  • SPECIAL PHOTO TECHNIC/HOW TO ヘア・ヌード写真術(1994年、明文社)
  • sexy re-birth(1994年、にっかつ)
  • スキャンドール 午後の誘惑(1994年、日活)
  • SECRET SCANDAL(1995年、ブロードウェイ)
  • BODY LESSON(1995年、ブロードウェイ)
  • Revive(2004年、アンティック)

CM

写真集

  • Yoshimi(1988年、ワニブックス)
  • Bitch(1989年、近代映画社)
  • MODERN LOVE(1992年、大陸書房)
  • Again(1993年、風雅書房)
  • 挑戦(1994年、COMPASS)
  • 熱愛(1994年、パパラブックス)
  • ON THE BEACH(1994年、桜桃書房)
  • Thesis(1996年、英知出版)
  • 女優 act1(1999年、ぶんか社)
  • 喪服の女(2002年、双葉社)

ディスコグラフィ

シングル

さらに見る 発売日, 規格 ...
発売日 規格 規格品番 面 タイトル 作詞 作曲 編曲
ワーナー・パイオニア
1981年4月25日 EP L-1510W A 恋のマグニチュード 水谷啓二 和泉常寛 松井忠重
B 港・ヨコハマ・赤い靴 岡田冨美子 井上鑑
1981年9月 EP L-1539W A ラブ・コントラスト -WEST SIDE & EAST SIDE- 篠塚満由美 水谷公生 信田かずお
B タイトロープ 岡田冨美子 和泉常寛 井上鑑
ポリスター
1988年5月25日 EP D07R-1014 A Breathless 三浦徳子 鈴木キサブロー 大谷和夫
8cmCD H10R-30004 B Y 馬場孝幸
1988年11月25日 EP D07R-1019 A 抱いてあげる[注釈 3] 三浦徳子 佐藤健 若草恵
8cmCD H10R-30012 B 哀しみのヒロイン 馬場孝幸
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脚注

関連項目

外部リンク

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