水口創太

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1999-08-09) 1999年8月9日(26歳)
身長
体重
194 cm
102 kg
水口 創太
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 滋賀県大津市
生年月日 (1999-08-09) 1999年8月9日(26歳)
身長
体重
194 cm
102 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2022年 育成ドラフト7位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

水口 創太(みなくち そうた、1999年8月9日 - )は、滋賀県大津市出身[1]プロ野球選手投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。

プロ入り前

大津市立晴嵐小学校時代から「晴嵐スポーツ少年団野球部」で軟式野球を始め、大津市立北大路中学校では同校の軟式野球部に在籍する[1]

高校は市内の滋賀県立膳所高等学校に進学[2]。2年生の秋からエースとなり[3]、3年生の夏は第99回全国高等学校野球選手権滋賀大会でベスト16に進出するも、滋賀県立水口高等学校に10対2で敗れた[4]

1年間の浪人を経て京都大学医学部人間健康科学科に進学[2]。3年生時の2021年10月13日に行われた関西学生野球連盟秋季リーグ戦、対同志社大学戦において、自己最速の152km/hの速球を計測し注目される[5]

2022年10月20日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成ドラフト7位指名された。京都大学野球部からのドラフト指名は2014年田中英祐に次いで2人目だが、医学部からは初めての指名となる[2]。11月12日、支度金300万円、年俸400万円(金額は推定)で契約合意に達し[3]、12月5日、BOSS E・ZO FUKUOKAで入団発表会見が行われた[6]背番号164

プロ入り後

2023年は、球団の理解を得て大学卒業試験のために新人合同自主トレを途中離脱し、宮崎での春季キャンプに2月7日から参加した。また同月中旬には理学療法士の国家資格試験のために春季キャンプを離脱した(3月23日に合格)[7]。。その後右肩を痛めてリハビリ組に回り、本格的な復帰は6月にずれ込んだ[8]。この年はウエスタン・リーグ公式戦の登板はなく[9]、三軍・四軍戦では16試合に登板して15回2/3を投げ、1勝0敗、防御率6.32の成績を残した[10]

2024年は1月に右膝の手術を受け[11]、5月9日の三軍戦で実戦復帰した[12][13]。この年も公式戦登板はなかった[14]ものの、三軍・四軍戦では27試合の登板で防御率3.07と成績を改善させた[15]。シーズン終了後はアジアウインターベースボールリーグに派遣され、NPB REDの一員としてプレー。7試合に登板して2セーブを挙げた[15]

2025年は6月18日のオリックス戦に3番手で登板し、公式戦初登板を果たす。2回2/3を4安打3失点という内容で、2イニング目で球速を大きく落としてしまっていた[16]。二軍戦での登板はこの1試合のみで[17]、三軍・四軍戦では32試合の登板で42回1/3を投げ、3勝3敗1セーブ、防御率4.46の成績だった[18]。10月7日、球団から戦力外通告を受けた[19]

選手としての特徴

194cmの長身から投げ下ろす速球と、変化球はカットボールスライダーフォークを投球する大型右腕[3][5]。大学時代の最速は152 km/h。プロ入り後は2024年に149 km/hを計測し、平均球速は145 km/h[20]球種をあまり多く持っておらず、短いイニングで出力を出すタイプと自認しており、大学時代から中継ぎ投手を務めている[20]

詳細情報

年度別投手成績

  • 一軍公式戦出場なし

背番号

  • 164(2023年[6] - 2025年)

登場曲

[21]

脚注

関連項目

外部リンク

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