赤羽蓮
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プロ入り前
河内町立かわち学園中学校在学時は硬式野球のクラブチームである江戸崎ボーイズに所属し、全国大会でベスト4に進出した。
霞ヶ浦高等学校では3年夏の茨城県大会で初めて背番号1を背負った。同大会では水海道一との3回戦に救援登板して自己最速を7km/h更新する152km/hを計測し、注目を集めた[1]。しかし、この試合も含めて救援で2試合、合計1回2/3の登板に留まり、チームは準決勝で敗退した[1]。3年間で甲子園大会出場はなし。
2022年10月20日に開催されたドラフト会議にて、育成1位で福岡ソフトバンクホークスから指名され[2]、11月26日に支度金300万円、年俸360万円で入団に合意した[3]。背番号は158[4]。
ソフトバンク時代
2023年、春季キャンプはリハビリ組からのスタートとなった[5]。この年より新設された四軍の初めての対外試合で5番手として登板し、四軍の初勝利投手となった[6]。ウエスタン・リーグでの登板は無かった[7]が、三軍・四軍戦で11試合に登板し、13回を投げ、1勝0敗1セーブ、防御率0.69の成績を残す[8]。
2024年は7月末まで非公式戦で実戦登板を重ねていたものの、8月に入り腰椎分離症を発症。12月までリハビリ組で活動し、下旬よりフォーム改善に取り組んだ[9]。この年も公式戦登板はなかった[10]。
2025年2月6日に打撃投手として登板し、打者相手への投球を約6か月ぶりに再開した[9]が、この年も公式戦登板はなかった[11]。10月7日に球団から戦力外通告が発表され[12]、自身のInstagramで現役引退を表明した[13]。