福岡県出身。1922年(大正11年)東京帝国大学工学部土木工学科卒業[1]。台湾総督府、内務省土木局、満州国交通部を経て、電力界へ転じ東北振興電力および日本発送電にて勤務する[1]。1951年(昭和26年)北海道電力副社長、1952年(昭和27年)電源開発理事を経て、1953年(昭和28年)佐久間発電所建設所長を兼務する[1]。ついで、1957年(昭和32年)土木部長、1960年(昭和35年)電源開発顧問を経て、東京電力技術最高顧問に就任した[1]。
ほか、国際大ダム会議副総裁、日本大ダム会議会長、日本ACI会長などの要職を歴任した[1]。