池田大介 (陸上選手)
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小学校のときには、当初アルペンスキーや水泳をやっており、陸上競技の大会に出たのは4年生からであった。日南町立日南中学校1年の時にジュニアオリンピックの走高跳で優勝、中学3年のときに三種競技A(100m、砲丸投、走高跳)、B(砲丸投、走幅跳、400m)それぞれで優勝、これは史上3人目のことであった[2]。
中学卒業後、地元鳥取県を離れて大阪府の太成学院大学高等学校に入学した[3]。八種競技の選手として、1年時にはインターハイ出場を逃し、2年時には世界ユース陸上の日本代表に選ばれたが結果を残せなかった。世界ジュニア陸上の十種競技でスランプを脱出した[2]。
高校卒業後、日本大学文理学部に進学、インカレの十種競技で2連覇した[3]。2008年の日本選手権では田中宏昌に次ぐ2位となり、五輪参加標準記録をクリアできず北京オリンピック出場を逃した[4]。大学院に進んだ2009年の日本陸上競技選手権大会で優勝[2]、同年のベルリン世界陸上にも出場している[2]。
2013年3月を以て富士通を退職[5]。
脚注
[脚注の使い方]
- ↑ “池田大介の日本人はダメじゃない!! I am デカスロン”. にほんブログ村. 2022年2月14日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “十種競技に必要なもの”. 富士通陸上競技部. 2012年8月23日閲覧。
- 1 2 “日本学生対校 十種競技で池田V2達成”. 日本大学新聞 (2007年6月29日). 2012年8月23日閲覧。
- ↑ “北京五輪への道”. スポーツナビ (2008年). 2012年8月23日閲覧。
- ↑ “陸上競技部 平成25年度新加入選手のお知らせ”. 2015年11月26日閲覧。
外部リンク
- 池田大介 - ワールドアスレティックスのプロフィール(英語)
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