泊武治
日本の政治家 (1889-1953)
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経歴
石川県出身。泊宗平の五男として生まれる[3]。第四高等学校を卒業[4]。1914年11月、文官高等試験行政科試験に合格。1915年、東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業[3][4]。 三井鉱山を経て、1916年、内務省に入省し北海道庁属となる[4]。
以後、北海道庁警視、警視庁警視、同理事官、島根県書記官・警察部長、徳島県書記官・警察部長、長野県書記官・警察部長、和歌山県書記官・内務部長、京都府書記官・警察部長、同内務部長、大阪府内務部長、北海道庁土木部長などを歴任[3][5]。
1935年1月15日、高知県知事に就任。県庁内に経済部を新設し、配電統一方針を確立させるなど産業振興に尽力[6][5]。1936年10月16日、台湾総督府交通局総長へ転任[7]。1940年12月3日、依願免本官となり退官した[8]。
1942年2月、陸軍省嘱託となり[9]、同月6日、香港占領地総督部総務長官に就任[10]。同年6月6日、陸軍司政長官に発令された[11]。1944年8月1日、香港占領地総督部総務長官を退任[10]。同年9月9日、陸軍司政長官を依願免本官となった[12]。
家族
妻のフサは光行次郎の長女。
