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波食棚

海食崖基部や岸辺の潮間帯付近にできる、浸食された平坦な岩石からなる地形 From Wikipedia, the free encyclopedia

波食棚(はしょくだな[6]、はしょくほう[6][7])は、海岸付近の潮間帯に存在する、岩石が露出した平坦地形のこと。海食崖のあるところでは、高潮線にあたるその基部から、浅い海底の低潮線以下の深さにわたって存在する[7][8]。

男鹿半島鵜ノ崎海岸(秋田県)の波食棚。硬軟の互層が並ぶ「鬼の洗濯板」状の地形でもある[1]。
Southerndown(イギリス・ウェールズ)の波食棚
pointe du Roc(フランス・ノルマンディー)の波食棚
深浦千畳敷(青森県)の隆起波食棚[2][3]
辺戸岬(沖縄県)周辺の石灰岩波食棚[4]
鳥巣半島(和歌山県)の海食台[5]の航空写真[注釈 1]
飛島(山形県)の波食棚[注釈 2]

海食棚、海食台、波食台などの語も、しばしば同義に用いられる[7][9]。地形学では、厳密には平坦面の沖側末端に明瞭な小崖をもつ地形を波食棚、それがなく常に海面下にある(波食棚の沖側にある)地形を海食台(かいしょくだい)という。ただし、2つは区別されない場合がある[7][10][11]。2つを包含する語としては海食台地(かいしょくだいち)、ショアプラットフォームがある[12][13]。

呼称・訳語

海岸線付近の浅海底の平坦面の地形には、波食台、波食棚 (wave-cut terrace)、波食プラットフォーム (wave-cut platform)、波食ベンチ (wave-cut bench)、外浜プラットフォーム (shore platform)、海食台、海成平坦地、海成プラットフォーム (marine platform)、海成ベンチなどの呼称・訳語がある[9][14][15][16]。

波食棚はベンチ、海食棚とも呼ばれ、海食台は波食台とも呼ばれる。厳密な使い分けを考慮すると、波食棚はshore platform、海食台はabrasion platformを対応する訳語に位置付けられる。砂村継夫によれば、厳密には波食棚の下位に海食台を置くことができるが、海食台もshore platformと呼ばれることは多く、波食棚と海食台の用語が区別されないことがある[7][11]。

海食台地は岩石海岸の平坦な侵食地形を指し、波食棚と海食台を包含する用語。公文富士夫によれば海食台地の訳語はwave-cut platformで、堆積性のニュアンスを含むwave-cut terraceより適している[12]。一方、両者を包含する総称をショアプラットフォーム(shore platform)とする場合もある[6][13]。

波食棚・海食台の排他的分類法

海食台を波食棚の沖側の地形とは位置付けず、ショアプラットフォームの中で排他的に分類する考え方もある。これによれば[6]、

  • 波食棚 - 海食崖の基部付近の潮間帯に形成される、ほぼ平坦なショアプラットフォーム。沖側末端にはランパートやニップをもち、その先にも平坦面がある[6]。
  • 海食台 - 海食崖の基部から沖に向かって緩く傾き、浅海底まで連続するショアプラットフォーム[6]。

である。

日本では、この分類法でいう海食台は福島県の常磐海岸や千葉県の屏風ヶ浦が典型的な例である。波食棚は和歌山県域の紀伊半島沿岸、宮崎県の日南海岸、茨城県の平磯海岸などが挙げられるが、比較的多くの海岸で見られる[6]。海食台が途中から波食棚になるなど、別のタイプに置き換わることは基本的にないという[6]。

形成

侵食作用

波食棚や海食台は、岩石海岸において、波の侵食作用を主とし、その他の作用も加わって造られる[13][17]。

まず海食崖が浸食され、波食窪(ノッチ)が次第に深くなってその上部が崩れる。この海食崖の「後退」によって、崖の前面に波食棚の平坦面が生まれる[13]。

浸食は波の直接的な打撃のほか、波食棚上に落ちているような円磨された岩片が波に動かされて起こす削磨もあると考えられる[13][18]。また、潮間帯では干潮・満潮によって乾湿や塩分析出が繰り返されることで風化が促されるという説があり、寒冷地では凍結作用も指摘される[19]。

基本的に、岩石の固さや波の荒さがちょうどよい具合にあることで、海食崖と波食棚が失われずに共に後退していくという、一種の平衡状態にあると考えられる。すなわち、岩が固すぎれば、現在の海水面になってからの期間で十分に波食棚ができない。岩が柔らかければ、崖は頻繁に崩れて後退していき、削剥が目立つ地形となる。また、岩が固すぎれば波が荒くなければ波食棚ができないが、岩が柔らかければ波が静かでもできる[20]。

実際には、岩石の不均一な構造によって固い岩が突出して弱い部分が削られるなど、複雑な要因が表面の地形に影響する[20]。

例えば富山湾の氷見海岸(富山県)では、第三紀層の地層の走行と平行な北東-南西方向に海岸線が延びるところで、波食棚が発達している。これと直交する向きの海岸では、構造に加え、北北西の季節風による風波が直角に届くためにその作用が大きいことも加味されて、海食崖や海食洞がよく発達していて、波食棚の発達は弱い[21]。和歌山県の田辺湾では、沖に緩く傾く地層の層理面や節理面が浸食面となって波食棚を作る例が見られる[22]。

海成段丘においては、陸地にある段丘面のうち、波食によって形成されたものは、離水して陸側になったかつての波食棚(海食台地)である[9][15][14]。例えば房総半島の野島崎付近では、波食棚が大正関東地震(1923年)の際に約2メートル(m)隆起して離水した平坦面を見ることができる[13]。

飛島(山形県)には4段の海成段丘と波食棚がある。波食棚は島のほとんど全周に見られ、離水ベンチと現成ベンチがある。離水ベンチは一番下の段丘面と1 - 2 mの小崖で接している。特に西側で現成ベンチの幅は100 m前後に発達し、突端では200 mを超える。飛島は日本海東縁変動帯にあり、海成段丘は地震に伴う隆起によって形成されたと考えられ、広い波食棚の形成は地盤の安定した期間が長く次の地震が近いことを示すという見方もある[23]。

石灰岩でも波食棚は形成される。なお、これとは別に、石灰藻などの生物の付着が形成にかかわるサーフベンチ(surf bench)というものもある[4]。

標高

波食棚が存在する標高は一般的には潮間帯だが、波浪の強さ、潮差の大小、岩石の強度などにより異なってくる[11]。海面付近の侵食作用は水深およそ10 mであり、海食台地(波食棚や海食台)の存在する水深も10 m程度までである[13]。

高潮線よりも高い位置に、現在の海水面期における荒天時の波浪によってできたと考えられる平坦面が存在することがある。波の荒い外洋に面した海岸に多い。これをストームベンチ(storm bench)と呼ぶ[24]。

波食棚の小地形と特徴

St Bees Head(イギリス)の波食棚。三畳紀の赤色の砂岩層からなり、一定方向に走る波食溝が見える。
深浦千畳敷の溝や窪みがみられる岩床表面

波食棚や海食台がつくるベンチ、台地(プラットフォーム)は、ほぼ水平だが、沖側にわずかに傾斜する(低くなる)。沖側を末端として、末端に向かって傾斜するとも表現する[7][11][17]。

波食棚や海食台には次のような小地形がみられる。

  • 波食溝 - 波の力などで波食棚に刻まれた溝。比較的柔らかい岩石の部分や割れ目、断層や節理に沿い発達する[11][25]。なお、海食台にも同じような溝ができるが、これは海食溝という[25]。
  • 溶食穴 - 主に波食棚にできる窪みで、面積に比べて深さが大きいもの。円筒状の窪みはポットホール(海食甌穴)という[11][25]。
  • 溶食プール - 溶食凹地とも。主に波食棚にできる窪みで、深さに比べて面積が大きいもの[11][25]。
  • ランパート(rampart) - 波食残丘とも。波食棚の沖側末端にある、平坦面より少し高まった部分。波食棚末端にはこれが形成されていることが多い[11][25]。
  • 小崖(ニップ, nip) - ランパートと海食台の間の低い崖。比高は3 m以下[25]。浸食で後退することはないとされる[26]。
  • 海底波食窪 - 小崖の基部にできる窪み。常に海面下にある。奥行きより幅が大きいもの[25]。幅より奥行きが大きい場合は海食洞となる[25]。

海食台の表面は薄い堆積物に覆われていることが多い[7]。

また、海底下の海食台の沖側には堆積台が形成されるとかつて言われていたが、これが実際に発見される例は極めて少ない[13]。

ときどき周辺に離れ岩や海食洞などの侵食地形もみられる[6][13]。

生物

海食台地の潮間帯付近は、溝や窪みをもつ岩礁が、海藻、エビやカニ、貝類やフジツボなどの生息環境となっている。大きなタイドプール(潮だまり)には小型の魚、ウニやヒトデがいることもある[27]。

隆起波食棚

現在進行で形成されている現成の波食棚に対して、地盤の隆起や海面の下降によって離水し陸側に残った波食棚を、隆起波食棚という[28]。現成ベンチに対して離水ベンチともいう[29]。海食台の場合は隆起海食台という[28]。

日本では、青森県深浦町の千畳敷、島根県浜田市の畳ヶ浦などがある。前者は1793年の西津軽地震、後者は1872年の浜田地震のときに隆起してできたとされている[2][30]。

深浦の大戸瀬崎付近では、高潮位より高くなった隆起波食棚が千畳敷付近に見られるほか、北金ヶ沢から鳥居崎の間の海岸では、潮間帯付近に現成の波食棚・海食台がみられる[31][2][3][注釈 3]。

隆起波食棚が複数段形成されていると、海成段丘(海岸段丘)となる[32]。特に、現在の海面から“十分に”高くなった隆起波食棚を海成段丘とみなす傾向がある[32]。先に述べた野島崎を含む房総半島南部では、繰り返しの巨大地震に伴う隆起によって段丘が形成されているが、元禄関東地震(1703年)のときにできた面は元禄段丘と呼ぶのに対して、大正関東地震(1923年)のときにできた面は大正ベンチと呼ぶ。なお、大正ベンチは元禄段丘に比べて分布の連続性に乏しいという面もある[29]。

他の分類

ショアプラットフォームを汀線との関係から3分類する考え方がある。バード[注釈 4]が提案したもので[注釈 5]、高潮位(満潮時の潮位)より上に位置するものを高潮位プラットフォーム(high tide platforms)、低潮位(干潮時の潮位)より下に位置するものを低潮位プラットフォーム(low tide platforms)、その中間の潮間帯に位置するものを潮間帯プラットフォーム(inter-tidal platforms)とするものである[13][34]。表記は高潮ベンチなどとする例もある[34]。

「鬼の洗濯板」状の岩床

青島の「鬼の洗濯板」
三浦半島荒崎の波食棚

砂岩と泥岩の互層が分布する場所では、浸食や風化に比較的強い砂岩は残って突起となり、比較的弱い泥岩はへこんで平らとなって、ケスタのような地形を作ることがある[22]。互層の数はときに数百層に及ぶ[35]。潮間帯の波食棚にでき[36]、干潮時には海面上に露出する[35]。

互層を構成する岩石は、凝灰岩や礫岩などであったり、例えば泥岩に分類される層内の硬層と軟層であったりする[35]。

このような地形・地質を指す言葉としては、「波状岩」や「洗濯岩」、「ミクロケスタ」が使われる場合があるが、一定しない。「鬼の洗濯板」「鬼の洗濯岩」の通称も使われたりする[35][37][38]。青島(宮崎県)のように景勝地となる例がある[37][38]。

青島の「鬼の洗濯板」は、島の周囲の波食棚に幅200 m前後にわたって広がる大規模なもので、国の天然記念物に指定されている[36][38]。一方小規模なものであれば、このような岩床は日本各地の海岸にみられる[36]。

青島の場合、対岸の戸崎鼻付近の一帯にも存在しており、こちらも天然記念物の範囲に含まれる。さらに同じ日南海岸の鵜戸崎にも存在し、こちらは県の天然記念物に指定されている[38]。

三浦半島南西の荒崎(神奈川県)では、凝灰岩(あるいは凝灰質砂岩)と泥岩の互層からなる幅50 - 80 mほどの波食棚に「鬼の洗濯板」状の起伏が存在する。ここの地層の傾きは約70°S(南下がりに70°)と急である[36][39]。

脚注

参考文献

関連項目

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