浅間町 (横浜市)
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| 浅間町 | |
|---|---|
| 町丁 | |
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浅間下交差点から横浜ランドマークタワー方面 | |
北緯35度27分40秒 東経139度36分31秒 / 北緯35.461083度 東経139.608686度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 行政区 | 西区 |
| 人口情報(2025年(令和7年)6月30日現在[1]) | |
| 人口 | 8,298 人 |
| 世帯数 | 5,223 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 0.377 km² | |
| 人口密度 | 22010.61 人/km² |
| 設置日 | 1901年(明治34年)4月1日 |
| 郵便番号 | 220-0072[3] |
| 市外局番 | 045(横浜MA)[4] |
| ナンバープレート | 横浜 |
浅間町(せんげんちょう)は、神奈川県横浜市西区の町名。現行行政地名は浅間町1丁目から浅間町5丁目(字丁目)、住居表示未実施区域[5]。
河川
歴史
地名の由来
元は芝生(しぼう)と称したが、1901年(明治34年)の横浜市編入の際に域内にある浅間神社から浅間町と改称した。芝生が「死亡」に通じることを嫌った住民の懇願によるとされる。
沿革

- 近世以前
芝生村と称し、武蔵国橘樹郡に属した。神奈川領のうち。村内を東海道が貫通し、神奈川宿と保土ヶ谷宿の中間の立場として栄えた。
- 近現代
- 1868年(慶応4年、明治元年) 神奈川府が設置され、同府の所属となる。同年、神奈川県に改称。
- 1873年(明治6年) 区番組制により第三区一番組に属する。
- 1874年(明治7年) 大区小区制により第一大区三小区に属する。
- 1878年(明治11年) 郡区町村編制法により橘樹郡芝生村となる。
- 1889年(明治22年) 町村制施行のため神奈川町、青木町と合併して橘樹郡神奈川町の一部となり、同町の大字芝生となる。
- 1901年(明治34年) 神奈川町が横浜市に編入される。住民の懇願を受けた市会の議決により浅間町と改称される。
- 1923年(大正12年) 関東大震災での町内の被害は軽微で、罹災者が多く移り住んだ[7]。
- 1927年(昭和2年)
- 1943年(昭和18年) 神奈川区から中区に所属が変更となる[10]。
- 1944年(昭和19年) 中区から西区が分立し、同区の所属となる[11]。
世帯数と人口
2025年(令和7年)6月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 浅間町1丁目 | 1,024世帯 | 1,458人 |
| 浅間町2丁目 | 1,092世帯 | 1,827人 |
| 浅間町3丁目 | 1,123世帯 | 1,916人 |
| 浅間町4丁目 | 1,220世帯 | 1,933人 |
| 浅間町5丁目 | 764世帯 | 1,164人 |
| 計 | 5,223世帯 | 8,298人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[12] | 5,819 |
| 2000年(平成12年)[13] | 6,580 |
| 2005年(平成17年)[14] | 6,866 |
| 2010年(平成22年)[15] | 7,301 |
| 2015年(平成27年)[16] | 7,947 |
| 2020年(令和2年)[17] | 8,133 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[12] | 2,732 |
| 2000年(平成12年)[13] | 3,336 |
| 2005年(平成17年)[14] | 3,545 |
| 2010年(平成22年)[15] | 3,955 |
| 2015年(平成27年)[16] | 4,363 |
| 2020年(令和2年)[17] | 4,679 |
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2024年11月時点)[18]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 浅間町1丁目 | 全域 | 横浜市立宮谷小学校 | 横浜市立軽井沢中学校 |
| 浅間町2丁目 | 全域 | 横浜市立浅間台小学校 | 横浜市立岡野中学校 |
| 浅間町3丁目 | 全域 | ||
| 浅間町4丁目 | 全域 | ||
| 浅間町5丁目 | 1〜377番地 378番地の2〜385番地 386番地の2〜終り | ||
| 378番地の1 386番地の1 | 横浜市立平沼小学校 |
事業所
2021年現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[19]。
| 丁目 | 事業所数 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 浅間町1丁目 | 163事業所 | 1,309人 |
| 浅間町2丁目 | 69事業所 | 323人 |
| 浅間町3丁目 | 66事業所 | 375人 |
| 浅間町4丁目 | 67事業所 | 623人 |
| 浅間町5丁目 | 76事業所 | 336人 |
| 計 | 441事業所 | 2,966人 |
事業者数の変遷
経済センサスによる事業所数の推移。
| 年 | 事業者数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[20] | 438 |
| 2021年(令和3年)[19] | 441 |
従業員数の変遷
経済センサスによる従業員数の推移。
| 年 | 従業員数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[20] | 2,671 |
| 2021年(令和3年)[19] | 2,966 |
交通
施設
- 横浜市立浅間台小学校
- 横浜市西スポーツセンター
- 浅間コミュニティハウス
- 横浜市営バス浅間町営業所
- 浅間車庫前公園
- 木村担乎先生終焉地の碑
- 洪福寺
- 洪福寺松原商店街(保土ケ谷区宮田町にまたがる)
