老松町 (横浜市)
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| 老松町 | |
|---|---|
| 町丁 | |
|
野毛坂バス停付近。道路左側が老松町。 | |
北緯35度26分50秒 東経139度37分25秒 / 北緯35.447111度 東経139.623711度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 行政区 | 西区 |
| 人口情報(2025年(令和7年)6月30日現在[1]) | |
| 人口 | 1,506 人 |
| 世帯数 | 904 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 0.218 km² | |
| 人口密度 | 6908.26 人/km² |
| 設置日 | 1889年(明治22年)4月1日 |
| 郵便番号 | 220-0032[3] |
| 市外局番 | 045(横浜MA)[4] |
| ナンバープレート | 横浜 |
歴史
1876年(明治9年)、戸部町の一部から横浜町の町名として成立[5]。1878年(明治11年)に横浜区、1889年(明治22年)に横浜市、1927年(昭和2年)10月1日、横浜市の区制施行により横浜市中区の町名となる[5]。1935年(昭和10年)、第2次市区改正により月岡町の全部および西戸部町・南太田町の各一部を併せる[5]。1944年(昭和19年)分区のため西区老松町となり、同年中区野毛町の一部を編入する[5]。
1876年(明治9年)に当地の花屋敷(遊園地)に日本最初の迷路園(当時は「メーズ」と呼んだ)が設けられた[5]。明治中期からは原富太郎・茂木惣兵衛・左右田金作・平沼専蔵らの別邸が建てられている[5]。1924年(大正13年)に横浜市震災記念館(1942年〔昭和17年〕に横浜市市民博物館に改組)、1926年(大正15年)には野毛山公園、1927年(昭和2年)には横浜市立図書館(現:横浜市中央図書館)が設置されている[5]。市立図書館は第二次世界大戦中は横浜連隊区司令部が使用し、終戦後はアメリカ占領軍第8軍が接収、接収解除後は横浜市復興局が使用した[5]。野毛山公園は1946年(昭和21年)の復活メーデーで使用され、以降各種市民集会にたびたび使われている[5]。1949年(昭和24年)には反町とともに日本貿易博覧会会場となっている[5]。1951年(昭和26年)に野毛山動物園・遊園地が開園、1958年(昭和33年)にはラジオ関東(現:アール・エフ・ラジオ日本)がこの地で開局されている(1996年に中区長者町に移転、現在はアール・エフ・ラジオ日本野毛山無線基地が残っている。)[5]。
地名の由来
老松の多い景勝地だったことに因むといわれている[5]。
世帯数と人口
2025年(令和7年)6月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 老松町 | 904世帯 | 1,506人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[7] | 1,711 |
| 2000年(平成12年)[8] | 1,419 |
| 2005年(平成17年)[9] | 1,479 |
| 2010年(平成22年)[10] | 1,475 |
| 2015年(平成27年)[11] | 1,425 |
| 2020年(令和2年)[12] | 1,633 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[7] | 668 |
| 2000年(平成12年)[8] | 633 |
| 2005年(平成17年)[9] | 738 |
| 2010年(平成22年)[10] | 764 |
| 2015年(平成27年)[11] | 755 |
| 2020年(令和2年)[12] | 869 |

