深谷伊三郎

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深谷伊三郎(ふかや いさぶろう、1900年 - 1974年)は、日本きゅう師[1]関連書籍著者、一般社団法人日本鍼灸師会学術部長、第20回日本鍼灸治療学会会長、東京高等鍼灸学校(現・東京呉竹医療専門学校)講師、鍼灸之世界社主宰[2]

東京府東京市麹町区中六番町(現在の千代田区四番町)生まれ、番町尋常高等小学校(現:千代田区立番町小学校)卒業。早稲田大学入学、日本大学法学科卒業。

小学校卒業後、奉公に出て箱を作る仕事に従事した。小学校しか出でいなかったが、ある日日本大学法制学会発行の普通文官養成講義録と言う通信講座の新聞広告を目にする。その通信講座を一年間受講して卒業試験に合格すれば日本大学専門部に無試験で入学出来た。伊三郎はその講座を一年間受講して卒業試験に受かり、日本大学専門部法律学科に入学した。大学卒業の年に世界恐慌が起きる。

肺結核にて5年間病床に臥し、治療により劇的な回復を遂げる。その後、一念発起し、鍼灸界へ身を投じ、特に灸の研究には優れた業績を残している。深谷灸法の確立や灸に関する書物を著した。入江靖二をはじめとした多くの弟子がいる。鍼灸治療雑誌を20年間刊行、鍼灸之世界社の主宰を務めるなどした。

代表作に『お灸療法の実際』『名家灸選釈義』『現代灸治療の研究』『お灸で病気を治した話 灸堂臨床余録』などがある。

息子の新間英雄はミュージシャン、孫の立川志らく落語立川流の真打ちである。[3]

深谷灸

灸師・深谷伊三郎の40年に渡る臨床経験をもとにした治療法。深谷灸という名称は弟子である入江靖二がつけたものとされる[4][5]

深谷灸は竹筒を用いる。使用理由は大きく2つある。1つは灸熱緩和器。片側のみ穴の空いた竹筒を灸の上からかぶせ、押圧することで灸の熱さを緩和する目的で用いられる。2つはツボを探す道具。穴の空いた竹筒を押し当てることで、血液の流れが滞っている箇所はうっ血する。そこをツボとして灸をすることも竹筒を使う意義となる。[6]

深谷亡き後から、竹筒を用いるのは、竹筒を灸にかぶせて周りの空気を遮断し、灸が燃え切るのを防ぐためであるという認識が広まってしまったが、これは深谷灸法としては誤った認識である。[7]

深谷灸は深谷伊三郎が体験の中で見出した灸法基本10項を設けている。[5]

  1. 経穴は効くものではなく、効かすものである。
  2. 成書の経穴部位は方角を示すのみ。
  3. 経穴は移動する。
  4. 名穴を駆使して効果を挙げよ。
  5. 少穴で効果を挙げるべきである。
  6. 反応ない穴は効き目が少ない。(効き目が出ないものは出すようにする)
  7. そこが悪いからそこへすえても効果はない。
  8. 名穴であっても、ただそれだけに効くのではない。
  9. 灸炷の大小壮数は患者の体質に合わせよ。(熱くないところは熱くなるまですえる)
  10. 経穴は手際よく取穴せよ。

深谷灸を学ぶ団体として灸法臨床研究会が存続。主任講師として、深谷伊三郎亡きあとは、入江靖二福島哲也、今野裕と引き継がれている。ヨーロッパではフェリップ・カウデットが深谷灸の普及を担っている。[3]

福島哲也は鍼灸ジャーナリスト・松田博公との対談で鍼灸界に深谷灸という名称がいまだに知られ続ける理由を問われ、「何で知られているかというと、深谷先生のご子息、新間英雄さんが先生の著書の出版活動を続けてこられたからです。『お灸で病気を治した話』 (鍼灸之世界社)シリーズ、これがだいたいお灸をやっている人のネタ本になっていますね。」と述べている。[7]

著書について

著書一覧

脚注

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