済州SK FC
韓国のサッカークラブ
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歴史
1982年12月17日、ハレルヤFCに次ぐ国内2番目のプロサッカークラブとして油公FC(ユゴンFC、유공 축구단)の名で創設[1][2][注釈 1]、マスコットにはゾウが採用され、これに因んで油公コッキリFC(ユゴン・コッキリFC、유공 코끼리 축구단、コッキリは朝鮮語でゾウの意)の愛称がつけられた。翌1983年に発足したKリーグ(当時はスーパーリーグ)には初年度より参加、当時のホームタウンはソウル特別市・仁川直轄市・京畿道が割り当てられていた[3][4]が、当時のリーグはホーム・アンド・アウェー方式ではなく全国ツアーのように各都市を巡回しながら集中開催する方式であったため、「ホームタウン」と言っても名ばかりのものであった[3]。
1984年、ラッキー金星ファンソ、現代ホランイFC、韓一銀行FCの3クラブがリーグに参入[5][6]したことからホームタウンの割り当てが変更され、油公にはソウル特別市のみが割り当てられた[7]。1987年には広域地域ホームタウン制とホーム・アンド・アウェー方式が導入され、油公には仁川直轄市・京畿道が割り当てられた[8] [9][10]。しかし、翌年にはソウル特別市へのホームタウン移転を計画[11]、1990年に都市地域ホームタウン制が導入されると、翌1991年からソウル特別市の東大門運動場をホームスタジアムとして活動することとなった[12] 。
1996年、韓国プロサッカー連盟と大韓民国政府が2002 FIFAワールドカップ招致に向けて実施した「ソウル縁故空洞化政策」によりホームタウンを京畿道富川市に移転し、クラブ名も富川油公コッキリ(プチョン・ユゴン・コッキリ、부천 유공 코끼리)に改称[13][14][15]、1997年10月には、親会社の社名変更に伴い富川SK FC(プチョンSK FC、부천 SK 축구단)に改称された[16]。当初は富川市内にKリーグを開催できるスタジアムが存在しなかったためソウル特別市の木洞運動場でホームゲームを行っていたが、2001年に富川総合運動場が竣工、以降は同スタジアムをホームスタジアムとして使用した。
2006年2月2日、ホームタウンを富川市から済州特別自治道に移し、クラブ名を済州ユナイテッドFC(チェジュ・ユナイテッドFC、제주 유나이티드 FC)へ改称[17][18][19]、これにより、済州特別自治道をホームタウンとする初のKリーグクラブとなった。移転の背景には、2002年の日韓ワールドカップに合わせて建設された済州ワールドカップ競技場が大会終了後にあまり活用されておらず、有効利用が課題となっていたこと、平均観客動員数がリーグ最下位でクラブ運営に支障をきたしていたこと[注釈 2]、更に、Kリーグ加盟14クラブ中5クラブが首都圏に集中している不均衡を解消し、国内プロサッカー界の拡大・発展を図ることという理由があった[20][21]。しかし実際には、仁川広域市のSK貯油所内に置いていたクラブハウスが再開発によって貯油所とともに閉鎖されることになり、SK側は新クラブハウス建設のための用地提供を富川市に求めたものの、財政的な問題を抱える富川市はこれを拒否、そこに済州特別自治道と西帰浦市が済州ワールドカップ競技場の使用料の減免や新クラブハウスの敷地の無償提供などのオファーを出し、SK側もこれを受け入れたことで移転が実現した[22]。このホームタウン移転は電撃的に行われたため、韓国サッカー界を巻き込む大騒動に発展した[23][24][25][26][27][28]。また2007年には、ホームクラブを失った富川時代のファンたちによって「富川FC 1995」が新たに創設され[29]、翌年よりチャレンジャースリーグに参加、2013年よりKリーグに参入している。
2010年、リーグ戦2位でプレーオフに進出し、チャンピオン決定戦でFCソウルに敗れたもののAFCチャンピオンズリーグ2011の出場権を得たが、グループステージで敗退した。
全北現代モータースの審判買収問題で繰り上げ出場となったAFCチャンピオンズリーグ2017では、グループステージでガンバ大阪に2勝するなどして初めてラウンド16に進出したが、浦和レッズに2戦合計2-3で敗れ、初のベスト8進出とはならなかった。
2019年、Kリーグ1を最下位で終えてKリーグ2への降格が決まった。
2020年、Kリーグ2で優勝、2021年からKリーグ1に昇格した。
2025年1月6日、済州と親会社であるSKエナジーの結びつきをより強固にするためとして、クラブ名を済州SK FC(チェジュSK FC、제주 SK FC)に改称した[30][31]。
AFCチャンピオンズリーグにおける暴力事件
2017年5月31日のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)の浦和レッズ戦で、試合中から試合後にかけて暴力行為を繰り返したことにより、所属する3選手(權韓眞、趙容衡、白棟圭)が資格停止と制裁金を科せられ、済州ユナイテッドに対しても4万ドル(約440万円)の制裁金が科された。 この判定に対して済州ユナイテッドFCおよび大韓サッカー協会は「挑発してきたのは浦和」として反発、「我々もリスペクトされる権利がある」としてスポーツ仲裁裁判所に処分軽減を求めて控訴を行った[32][33]。
過去の成績
| シーズン | ディビジョン | 韓国FAカップ | チャンピオンシップ | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| リーグ | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 点 | 順位 | |||
| 1983 | Kリーグ | 3位 | - | 大会なし | |||||||
| 1984 | Kリーグ | 前期1位 後期5位 | - | 準優勝 | |||||||
| 1985 | Kリーグ | 5位 | - | 大会なし | |||||||
| 1986 | Kリーグ | 前期3位 後期4位 | - | 資格なし | |||||||
| 1987 | Kリーグ | 3位 | - | 大会なし | |||||||
| 1988 | Kリーグ | - | 大会なし | ||||||||
| 1989 | Kリーグ | 優勝 | - | 大会なし | |||||||
| 1990 | Kリーグ | 4位 | - | 大会なし | |||||||
| 1991 | Kリーグ | 4位 | - | 大会なし | |||||||
| 1992 | Kリーグ | 6位 | - | 大会なし | |||||||
| 1993 | Kリーグ | 5位 | - | 大会なし | |||||||
| 1994 | Kリーグ | 2位 | - | 大会なし | |||||||
| 1995 | Kリーグ | 前期5位 後期2位 | - | 資格なし | |||||||
| 1996 | Kリーグ | 前期4位 後期2位 | 準決勝敗退 | 資格なし | |||||||
| 1997 | Kリーグ | 10位 | 準々決勝敗退 | 大会なし | |||||||
| 1998 | Kリーグ | 7位 | ベスト16 | 資格なし | |||||||
| 1999 | Kリーグ | 3位 | 準々決勝敗退 | 3位 | |||||||
| 2000 | Kリーグ | 27 | 10 | 6 | 11 | 45 | 35 | 36 | 2位 | 準決勝敗退 | 準優勝 |
| 2001 | Kリーグ | 27 | 7 | 14 | 6 | 29 | 29 | 35 | 7位 | ベスト16 | 大会なし |
| 2002 | Kリーグ | 27 | 8 | 8 | 11 | 32 | 40 | 32 | 8位 | ベスト16 | 大会なし |
| 2003 | Kリーグ | 44 | 3 | 12 | 29 | 39 | 73 | 21 | 12位 | 準決勝敗退 | 大会なし |
| 2004 | Kリーグ | 前期12位 後期10位 | 準優勝 | 資格なし | |||||||
| 2005 | Kリーグ | 前期7位 後期2位 | ベスト16 | 資格なし | |||||||
| 2006 | Kリーグ | 前期14位 後期10位 | ベスト32 | 資格なし | |||||||
| 2007 | Kリーグ | 26 | 8 | 6 | 12 | 27 | 35 | 30 | 11位 | 準決勝敗退 | 資格なし |
| 2008 | Kリーグ | 26 | 7 | 7 | 12 | 23 | 31 | 28 | 10位 | ベスト32 | 資格なし |
| 2009 | Kリーグ | 28 | 7 | 7 | 14 | 22 | 44 | 28 | 14位 | 準々決勝敗退 | 資格なし |
| 2010 | Kリーグ | 28 | 17 | 8 | 3 | 54 | 25 | 59 | 2位 | 準決勝敗退 | 準優勝 |
| 2011 | Kリーグ | 30 | 10 | 10 | 10 | 44 | 45 | 40 | 9位 | ベスト16 | 資格なし |
| 2012 | Kリーグ | 44 | 16 | 15 | 13 | 71 | 56 | 63 | 6位 | 準決勝敗退 | 大会なし |
| 2013 | Kクラシック | 38 | 16 | 10 | 12 | 51 | 46 | 58 | 9位 | 準決勝敗退 | |
| 2014 | Kクラシック | 38 | 14 | 12 | 12 | 39 | 36 | 54 | 5位 | ベスト32 | |
| 2015 | Kクラシック | 38 | 14 | 8 | 16 | 55 | 56 | 50 | 6位 | 準々決勝敗退 | |
| 2016 | Kクラシック | 38 | 17 | 8 | 13 | 71 | 57 | 59 | 3位 | ベスト32 | |
| 2017 | Kクラシック | 38 | 19 | 9 | 10 | 60 | 37 | 66 | 2位 | ベスト16 | |
| 2018 | Kリーグ1 | 38 | 14 | 12 | 12 | 41 | 41 | 54 | 5位 | 準々決勝敗退 | |
| 2019 | Kリーグ1 | 38 | 5 | 12 | 21 | 45 | 72 | 27 | 12位 | ベスト16 | |
| 2020 | Kリーグ2 | 27 | 18 | 6 | 3 | 50 | 23 | 60 | 優勝 | ベスト16 | |
| 2021 | Kリーグ1 | 38 | 13 | 15 | 10 | 52 | 41 | 54 | 4位 | 3回戦敗退 | |
| 2022 | Kリーグ1 | 38 | 14 | 10 | 14 | 52 | 50 | 52 | 5位 | ベスト16 | |
| 2023 | Kリーグ1 | ||||||||||
| 2024 | Kリーグ1 | ||||||||||
| 2025 | Kリーグ1 | ||||||||||
タイトル
現所属メンバー
- 2026年3月20日現在
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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期限付き移籍
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
歴代監督
李鍾煥 1982-1985
金正男 1985
朴ヨンファン 1986(代行)
金正男 1987-1988.7
崔鍾德 1988.7-9(代行)
金正男 1988.9-1992.5
朴成華 1992.5-12(代行)
朴成華 1993-1994.10
趙允煥 1994.10-12(代行)
ヴァレリー・ニポムニシ 1995-1998.10
趙允煥 1998.11-12(代行)
趙允煥 1999-2001.8
崔允謙 2001.8(代行)
崔允謙 2001.9-2002.9
トゥナズ・トゥルパン 2002.9-2003.5
河在勳 2003.5-7(代行)
河在勳 2003.7-12
鄭海成 2004-2007
アルトゥール・ベルナルデス 2008-2009.10
趙眞浩 2009.10(代行)
朴景勳 2009.10-2014
趙城煥 2015-2016.10
金インス 2016.10-12
趙城煥 2017-2019.5
崔允謙 2019.5-12
南基一 2020-2023.9
鄭助國 2023.9-12(代行)
金學範 2024-2025.9
金廷洙 2025.9-12(代行)
セルジオ・コスタ 2026-
歴代所属選手
アカデミー
U-18チームについては2010年に西帰浦高等学校サッカー部と3年間の運営協約を結んでいたが、2013年からは自前のU-18チームを設立して運営を行っており、選手たちは済州第一高等学校付設放送通信高等学校に通学することになっている[34]。一方で、U-15チームについては済州中学校と運営協約を結んで、2018年から同校サッカー部として運営を行っている。