熊野カルデラ

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熊野カルデラ(くまのカルデラ)は、約1400万年前の中新世中期に活動した、南北41 km、東西23 ㎞の大きさをもつ大型のカルデラである[1]紀伊半島南部の熊野地方に、現在は僅かな痕跡として存在している。

電力中央研究所の研究員だった三浦大助[注釈 1]は、熊野地域の熊野酸性火成岩類の南岩体周縁に弧状の断層の存在を見つけ、1999年古座川弧状岩脈を含む地域が蝶番型の陥没カルデラ(コールドロン)であるとする論文を発表し、この陥没カルデラを熊野カルデラと命名した[3][4]

現在の和歌山県東牟婁郡串本町付近から田辺市本宮町三重県南牟婁郡にまで拡がっており、北東の熊野市付近には熊野北カルデラが、さらに北側には大台コールドロンが存在したとされる[5]。熊野カルデラの活動時期は約1500万年前 - 1400万年前と考えられる。その岩石は熊野酸性岩類と呼ばれ、同時期の約1500万年前 - 1300万年前に火成岩を形成する火山活動が発生した大峰山脈室戸岬足摺岬とともに外帯酸性岩類と総称される。瀬戸内火山岩類を形成した火山活動も同時期と考えられている。また、南方の潮岬付近には先行する約1800万年前 - 1600万年前の活動による火成岩が分布する[6]

現在は紀伊半島特有の豊富な降水のために、著しい侵食を受け続け、当時のカルデラ壁等のカルデラ地形は侵食され尽くし、今では古座川弧状岩脈ゴトビキ岩、天柱岩(いずれも流紋岩質の火山砕屑岩)等の僅かな跡を残す程度となっている。

この紀伊半島の地下2000 m程には、直径60 km、厚さ20 kmもの花崗岩があり、熊野地方では温泉源泉の温度92)が多数見られる。これは地下の花崗岩が、未だ冷え切っておらず、放熱が継続されているからである。

熊野カルデラは、約1400万年前の1回のみ噴火した。この時の噴火の規模は、VEI-8(火山爆発指数8)で、流紋岩質の火砕物テフラ)、溶岩などが噴出した。火山噴出物の総量は約3000km3 DRE英語版以上で、大規模な火砕流も発生した。噴火時の温度は750℃ - 850℃。神戸大学名誉教授巽好幸らの研究によれば、この時の噴火によって噴出し、堆積した火山灰の厚さは約2000 m以上になったという(火山灰は風雨によって侵食され尽くしている)。この噴火のため地球全体の気温は10℃以上低下し、大量絶滅が起きた。実際に約1500万年前 - 1400万年前には、地球上で大量絶滅が起こった事が知られている。また、この噴火は約7万4000年前に起こったトバ火山破局噴火(噴出物の総量は2800km3 DRE)や、イエローストーン国立公園で起こった約210万年前の破局噴火(噴出物の総量は939km3 DRE)と並ぶ、地球史上でも最大規模に近い破局噴火でもある。

脚注

参考資料

関連項目

外部リンク

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