熊野灘
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沿岸はリアス式海岸が目立ち岩礁・暗礁が多い一方で天然の良港も多く、帆船の時代には風待港がない遠州灘と比べれば航海は楽であったという。遠州灘・相模灘とあわせて江戸と上方を結ぶ海の東海道となり、河村瑞賢による西廻海運の刷新によってさらに多くの廻船で賑わった。
沿岸の郷土料理には、めはりずし、秋刀魚寿司、なれずしなどがあり、熊野市・志摩市などに複数のダイダラボッチ伝承が伝わる。古式捕鯨の行われていた地域の一つで、太地町には捕鯨基地がある。また、潮岬以東の熊野灘沖では度々黒潮蛇行が発生する。
海上保安庁が発行する日本の水路図誌(海図)にも掲載されている[1]。なお、海岸線が内側に湾曲している志摩半島の大王崎と太地町梶取崎の間に基線が設定されており[2]、これより北西側は海洋法上日本の内水(内海)とみなされるため、日本の領海の範囲が通常より広くとられている。
沿岸の市町村
地形
漁業
熊野灘は黒潮が流れ、漁場のひとつとなっている。明治時代までは黒潮を回遊するカツオの大群が沿岸近くまでやって来ており、八丁櫓船などの手漕ぎ船でのカツオ漁が盛んであったが、沿岸近くのカツオの減少、漁船の動力化などにより遠洋化が進んだ。
太地町は捕鯨の町として知られる。捕鯨問題によって大規模な捕鯨が禁じられている現在も調査捕鯨の船舶が寄航する。また町内にはくじらの博物館があるほか、鯨料理を出す飲食店が多い。
那智勝浦は西日本を代表するマグロ水揚げ基地であり、本マグロをはじめ様々なマグロが水揚げ・取引され、「まぐろ祭り」も開催されている。南伊勢町ではマグロ養殖が行われ、ブルーフィン三重の「伊勢まぐろ」、清洋水産の「灘まぐろ」、丸久水産の「三重まぐろ」と3つの養殖マグロブランドがある[3]。