熊野灘

From Wikipedia, the free encyclopedia

座標 北緯33度45分 東経136度25分 / 北緯33.750度 東経136.417度 / 33.750; 136.417座標: 北緯33度45分 東経136度25分 / 北緯33.750度 東経136.417度 / 33.750; 136.417
上位水域 フィリピン海
海洋 太平洋
日本の旗 日本
熊野灘
熊野灘(2010年8月)
熊野灘の位置(関西内)
熊野灘
熊野灘
熊野灘の位置(日本内)
熊野灘
熊野灘
熊野灘(およその位置)
座標 北緯33度45分 東経136度25分 / 北緯33.750度 東経136.417度 / 33.750; 136.417座標: 北緯33度45分 東経136度25分 / 北緯33.750度 東経136.417度 / 33.750; 136.417
上位水域 フィリピン海
海洋 太平洋
日本の旗 日本
主な沿岸自治体 志摩尾鷲熊野新宮那智勝浦など
テンプレートを表示

熊野灘(くまのなだ)は、フィリピン海(北西太平洋)のうち、日本紀伊半島南端の和歌山県潮岬から三重県大王崎にかけての海域の名称。

沿岸はリアス式海岸が目立ち岩礁・暗礁が多い一方で天然の良港も多く、帆船の時代には風待港がない遠州灘と比べれば航海は楽であったという。遠州灘・相模灘とあわせて江戸上方を結ぶ海の東海道となり、河村瑞賢による西廻海運の刷新によってさらに多くの廻船で賑わった。

沿岸の郷土料理には、めはりずし秋刀魚寿司なれずしなどがあり、熊野市・志摩市などに複数のダイダラボッチ伝承が伝わる。古式捕鯨の行われていた地域の一つで、太地町には捕鯨基地がある。また、潮岬以東の熊野灘沖では度々黒潮蛇行が発生する。

海上保安庁が発行する日本の水路図誌海図)にも掲載されている[1]。なお、海岸線が内側に湾曲している志摩半島大王崎太地町梶取崎の間に基線が設定されており[2]、これより北西側は海洋法上日本の内水内海)とみなされるため、日本の領海の範囲が通常より広くとられている。

沿岸の市町村

地形

尾鷲以北はリアス式海岸、熊野市から新宮までは礫からなる直線的な海岸(七里御浜海岸・三輪崎海岸)を持つ。更に、那智勝浦以南には奇岩が見られる。串本の橋杭岩や、那智勝浦の紀の松島などがそれにあたる。熊野市にも一部奇岩が見られる(例:鬼ヶ城獅子岩など)。

沖合いは水深2000m程度で、平坦になっている。

漁業

熊野灘は黒潮が流れ、漁場のひとつとなっている。明治時代までは黒潮を回遊するカツオの大群が沿岸近くまでやって来ており、八丁櫓船などの手漕ぎ船でのカツオ漁が盛んであったが、沿岸近くのカツオの減少、漁船の動力化などにより遠洋化が進んだ。

太地町は捕鯨の町として知られる。捕鯨問題によって大規模な捕鯨が禁じられている現在も調査捕鯨の船舶が寄航する。また町内にはくじらの博物館があるほか、鯨料理を出す飲食店が多い。

那智勝浦は西日本を代表するマグロ水揚げ基地であり、本マグロをはじめ様々なマグロが水揚げ・取引され、「まぐろ祭り」も開催されている。南伊勢町ではマグロ養殖が行われ、ブルーフィン三重の「伊勢まぐろ」、清洋水産の「灘まぐろ」、丸久水産の「三重まぐろ」と3つの養殖マグロブランドがある[3]

サンマ漁も行われている。しかし三陸沖から泳いできたサンマは脂がほとんど乗っていないため、おもに寿司や刺身用となる。

自然災害

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI