狐の嫁入り行列
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津川地区のシンボルとして聳え立つ麒麟山にはかつて狐が住んでおり、戦国時代には「津川城」がおかれていたが、「狐戻城」(あまりの険しさに狐も登る事を諦め戻ってしまう程の意)とも呼ばれる程の険しい山であった。この山には古くから狐火(鬼火)と呼ばれる光が見られた。現在はほとんど見られなくなったが、津川の狐火は出現率が世界一とも言われ、麒麟山及び狐火にまつわる数多くの話がある。
この中で「狐の嫁入り行列」という言い伝えがあった。かつてこの地域の「嫁入り」は夕方から夜にかけて行われたため、提灯を下げて嫁入り先に行列していった。この行列が麒麟山の峠を越えていく際に、堤灯の明りと狐火が平行して見えたりしたことからこの言い伝えが生まれた。
こうした言い伝えや民話を下地とし、1989年に新潟県が企画した「デスティネーションキャンペーン」(JR東日本とタイアップし、新潟県内のある地域を取りあげ、その地域の祭り及びイベントを関東圏のJR駅でPRするキャンペーン)に乗って1990年5月3日に第1回が開催された。以降、その幻想的な祭の構成に注目が集まり、現在では津川地区の人口5,000人に対し、5万人にも及ぶ観光客が訪れるようになっている。


