中国には古来、イヌの飼育に携わる官吏がいた。唐代でも東宮にラクダ、ウマ、タカ、イヌの飼育場があり、王毛仲はその飼育に従事していた。
王毛仲,本高麗人也。…因隸於玄宗。…毛仲專知東宮駝馬鷹狗等坊,未逾年,已至大將軍,階三品矣。
王毛仲は、本来高麗の人である。…玄宗皇帝のしもべとなった。…毛仲は東宮のラクダ・ウマ・タカ・イヌ等の飼育場に通じ、幾年も経たないうちに、大将軍になり、位階が三品ともなった
[1]。
— 旧唐書、一百〇六
中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。
南北朝時代から隋唐時代の楽浪王氏出身者に、王波、王班、王定国、王唐成、王光祖、王禎、王基、明徳皇后、王盟などがいるが、これらの人物は楽浪郡出身ではなく、中国出身であり、楽浪王氏は、朝鮮から中国に移住した者が相当程度達している[2]。唐代の王毛仲は、『旧唐書』巻百六・王毛仲伝に本高麗人也とし、楽浪郡代から相当経過しているため、高句麗に著しく同化していることが窺える[2]。