「できるだけ労力を節約したいという願望から出てくる種々の発明とか器械力」や「できるだけ気儘に勢力を費やしたいという娯楽」の両面から「開化」は進んできたが、開化が進めば進むほど競争がはげしくなって生活は困難になっている現状が述べられる。また西洋の開化は内発的であるが、日本の現代の開化は外発的で、「鎖港排外の空気で二百年も麻酔したあげく突然西洋文化の刺戟に跳ね上って、外から無理押しに押されて否応なしもたらされたものであることが述べられる。現代日本が置かれた状況によって日本の開化が、「ただ上皮(うわかわ)を滑って行き(皮相上滑りの開花)また滑るまいと思って踏張るために神経衰弱になるとすれば、どうも日本人は気の毒と言わんか憐れと言わんか、誠に言語道断の窮状に陥ったものだ」という認識が述べられる。
「戦争以後一等国になったんだという高慢な声は随所に聞くようである。なかなか気楽な見方をすればできるものだと思います。ではどうしてこの急場を切り抜けるかと質問されても、前(ぜん)申した通り私には名案も何もない。ただできるだけ神経衰弱に罹らない程度において、内発的に変化して行くが好かろうというような体裁の好いことを言うよりほかに仕方がない。苦い真実を臆面なく諸君の前にさらけ出して、幸福な諸君にたとい一時間たりとも不快の念を与えたのは重々御詫を申し上げますが、また私の述べ来ったところもまた相当の論拠と応分の思索の結果から出た生真面目の意見であるという点にも御同情になって悪いところは大目に見ていただきたいのであります」と結ばれる。