それから (小説)
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| それから | |
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『それから』原稿の一部 | |
| 作者 | 夏目漱石 |
| 国 |
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| 言語 | 日本語 |
| ジャンル | 長編小説 |
| 初出情報 | |
| 初出 | 「朝日新聞」1909年6月27日 - 10月14日 |
| 刊本情報 | |
| 出版元 | 春陽堂 |
| 出版年月日 | 1910年1月 |
『それから』は、夏目漱石の小説。1909年6月27日より10月14日まで、東京朝日新聞・大阪朝日新聞に連載。翌年1月に春陽堂より刊行[1]。『三四郎』(1908年)・『それから』(1909年)・『門』(1910年)によって前期三部作をなす。
定職に就かず、毎月1回、本家にもらいに行く金で裕福な生活を送る長井代助が、友人平岡常次郎の妻である三千代とともに生きる決意をするまでを描く。
作中世界は1909年であり、東京高等商業紛争、『それから』の連載に先立つ『煤煙』の連載、日糖事件などの作品外の事象への言及がある。
主人公の長井 代助は一軒家を構えて書生の門野を置き、親の金とも、兄の金ともつかぬものを使って生きている。悠々自適の日々を送る気楽な次男坊で30歳になろうかという男。生家は事業で財を成し、代助は卒業後も職を得ようとはせず世間とは距離を置いていた。そうした態度を父・得に咎められ、佐川という財閥の令嬢との婚儀を勧められるが、代助にはその気がなく生活態度も一向に改めようとはしない。そして、代助を「代さん」と呼び憎からず思う兄嫁・梅子の愛情に甘えていた。
対照的に代助の同窓生で親友の平岡は大学卒業後は銀行に就職し京阪地方の支店勤務となる。
代助の同窓生で平岡とは共通の知人だった菅沼が大学卒業を目前にして母親と共にチフスにかかって亡くなり、後には北海道で困窮する父親と妹の三千代だけが残された。代助は平岡と三千代を娶せて二人を夫婦にした。三千代は結婚して一年目にお産をした。子供はじき死に、三千代はそれから心臓を痛めたと見えて具合が悪い。心臓病は一年ばかりするとよくなったが、今度は別の原因で血色が悪くなった。
その後、平岡の部下の「関」という男が会計に穴をあけた。支店長にまで煩いが及びそうだったから平岡は千に足らない金を自分で手当てして辞職した、と平岡は代助に説明するが、代助はその話を信じてはいない。
平岡は三千代と共に上京し、代助に代助の兄の会社への就職斡旋を依頼する。平岡は新聞社に就職が決まった。
そんなある日、三千代が代助の自宅を訪ねる。就職は出来たが三千代の入院費や治療費もあって平岡は高利貸しに多額の借金をしていた。三千代は代助に500円の借金を頼みに来たのだった。三千代に頭を下げられた代助は自分がそれまで金には不自由しない身だと信じていたが、愛する女性が恥を忍んで頭を下げるのにすぐに用立ててやれないその実金に不自由な自身を自覚する。借金を請け負った代助は兄の誠吾を当たるが全く相手にされず、梅子に頭を下げて200円を用立てる。平岡は三千代が密かに金策に頭を下げているとも知らず、家計を顧みることなく芸者遊びにうつつを抜かして家に帰らぬことも増えていた。家に居ても面白くないと語る平岡に代助は夫の帰宅を待つ身の三千代への想いを募らせ、平岡への怒りを自制する。平岡に三千代を委ねたのは間違いだったという激しい後悔が代助を苛んでいた。
梅子に縁談を断る意向を伝えた代助は「自分には好いた女性がいるのです」と心の内を告白するのだが、そうした冗談で兄嫁をからかったこともあった代助の真意は梅子にも全く理解されない。思い詰めた代助は、三千代を自宅に招き寄せる。「ぼくの存在にはあなたが必要だ。どうしても必要だ。ぼくはそれをあなたに承知してもらいたいのです。承知してください」と愛を告白する。三千代もその実、結婚前から代助を愛していた。だが、愛する代助に「すてられ」結婚を斡旋されたので平岡に嫁いだ。代助の告白は平岡と結婚する前の3年前に聞きたかったと三千代は泣く。だが、代助は経済的に自立しておらず、半人前以下の身で愛する三千代を物理的に助ける術を持たない自らの身を責め、義侠心から平岡に三千代を委ねた事への後悔を責めるのだった。一方、得は年老いて事業からの引退を考えていた。そして、これまで代助の好きにさせていたのは引退して身代を誠吾に譲るにあたって代助の政略結婚で事業の安泰を図るためだった。そんな得の態度や老衰を理解しながらも三千代への告白を重い責任だと考える代助は佐川の娘との縁談を断り、得は代助の生活費援助をやめると宣告する。だが、得、誠吾、梅子は代助が破談を申し入れたことも深刻なものだとは受け止めておらず、梅子からは手紙と共に小切手が届いていた。
その一方、代助と三千代は密会を重ねていた。自分はどうしてもどうなってもいいからという三千代に「漂泊」という単語が代助の脳裏をよぎり、「就職」と真剣に対峙しなければならないと思い詰めていた。また、平岡に事と次第を伝える必要がある。代助は平岡に宛て手紙をしたためるが返事が一向に来ない。門野を使いにやると三千代が卒倒したとのことだった。三千代は病床で、謝らなくてはならないことがあるので、代助のもとに行ってくれと平岡に告げる。訪ねてきた平岡に対して代助は三千代を譲ってくれるよう頭を下げて頼み込む。平岡も三千代を譲ることを了承するが病身で渡したのでは自分の義理が立たないから、せめて回復してからにしてくれと告げる。そして、二人は互いに絶交するのだった。
更に平岡は三千代と代助の関係や事そこに到った経緯を得に手紙で知らせていた。他人の妻に入れあげて婚姻を断り、挙げ句に夫から事実を伝えられた得の怒りは激しく、代助は勘当を言い渡される。更に誠吾からも他人の妻に入れ込むほど女に苦労していない身だというのにどうしてこんな馬鹿げたことをしたと詰られ、兄夫婦からの絶縁をも言い渡される。こうして代助は恵まれた生活や家族を捨て、愛する三千代を選んだ。そして、世間と対峙することを決意する。じりじりとした夏の日差しが照りつける中、代助は職業をさがして来ると門野に言って、町に飛び出すのだった。
主な登場人物
- 長井 代助(ながい だいすけ)
- 主人公。裕福な家の次男。東京帝国大学卒。無職のまま実家に頼って、読書や演奏会に行くなどして気ままな生活を送る。高等遊民と称される有閑知識人。数え年で30歳(第三章)。身長は「五尺何寸」(約 1.51 m あまり。第八章)。自分の肉体を自慢に思っていて、大病の経験は無い(第十一章)。口ひげを生やしている。母はすでに亡い。喫煙者。酒に強く、二日酔いにはならない(第十一章)。住まいには専用水道の設備がある(第一章)が、電話はまだない。ピアノを弾く。洋書を読む。象牙製のペーパーナイフを使う(第十章)。神経質で敏感な性格。
- 平岡 常次郎(ひらおか つねじろう)
- 長井代助とは中学校時代からの友人。銀行に就職し、京阪の支店に転勤していたが、職を失い借金を抱えて東京に戻ってきたところから物語が動き出す。代助は小石川に家を周旋した。物語の後半では新聞社に就職。近眼で眼鏡を装用する。体重は15貫目(約 56.25 kg )以上か。胸毛がある。酒に強い。
- 平岡 三千代(ひらおか みちよ)
- 平岡 常次郎の妻。菅沼の妹。色白で、顔はほっそりとして、眉はくっきりとして、二重まぶたで、金歯がある。「今から四五年前」、高等女学校卒業後(18歳)兄に呼ばれて東京に出たことで、代助・平岡と知り合いとなった。東京では女学校にも通った。母と兄を失った年の秋、平岡と結婚。
- 菅沼(すがぬま)
- 平岡 三千代の兄(故人)。代助の大学時代の学友であり、平岡とも親しい付き合いがあった。東京近県の出身で、当初は下宿に暮らしていたが、大学2年目の春に国許から三千代を呼び寄せ、東京谷中の清水町(現在の台東区池之端四丁目付近)に住んでいた。菅沼が卒業する年の春、母とともにチフスにかかり亡くなり、後には妹と、困窮した父(何らかの事情により北海道に移らねばならなかった)が残された。
- 門野(かどの)
- 長井 代助の家の書生。兄は郵便局で、弟は銀行で働き、叔父は横浜で運漕業をやっている(第一章)。琵琶歌を歌う(第十一章)。
- 長井 誠吾(ながい せいご)
- 長井 代助の兄。学校卒業の後、父の会社に入り、重要な位置に就く。青山の家に、妻子および父と同居。
- 長井 梅子(ながい うめこ)
- 長井 代助の兄嫁。長井誠吾の妻。独身である代助を心配して縁談などいろいろと世話を焼く。代助と気安く会話を交わす。西洋音楽が好きで、ピアノを弾く。占いに強い興味を持つ。脊(せい)はすらりとして、肌は浅黒く、眉は濃く、唇は薄い(第三章)。
- 長井 誠太郎(ながい せいたろう)
- 長井 誠吾と梅子の長男。数え年で15歳。旧制中学校に進学する。野球(作中の表記ではベースボール)が好き。
- 長井 縫(ながい ぬい)
- 長井 誠吾と梅子の長女。長井誠太郎より3歳年下。口癖は「よくってよ、知らないわ」。ヴァイオリンとピアノを弾く。
- 長井 得(ながい とく)
- 長井 代助の父。幼名は誠之進で、得は維新後の改名。明治維新のとき戦闘に参加した経験を持つ。公務員をやめ、実業界入りをして、財をなした。旧藩主に書いてもらった掛け軸を大切にしている。若い妾をもつ(第三章)。刻み煙草を吸う(第三章)。中国詩が好きで(第九章)、詩の会にも出席する(第五章)。
- 長井 代助の姉
- 氏名不詳。夫は外交官。フランス在住。
- 長井 直記(ながい なおき)
- 長井代助の伯父(故人)。長井得の1歳違いの兄で仲もよく、双子と違われるほどよく似ていた。幕末、直記が18歳のとき、郷里の藩において行きがかりから弟とともに乱暴者の武士を殺したことがある。その後、兄弟で家を出奔。直記は3年後(「天下が明治になった」その前の年)に京都で浪士に殺された。
- 高木(たかぎ)
- 長井 得の命の恩人(故人)。得の母方の縁戚で、旧藩内では実力者だった。直記・得の兄弟が藩内の武士を殺害し、兄弟とも切腹する習わしであるところを奔走し、命を救った。高木家を継いだ養子に2人の子があり、男は神戸で実業に従事、娘は多額納税者(大地主)の佐川に嫁いだ。
- 佐川(さがわ)の娘
- 代助の縁談の相手。得の命の恩人である高木の縁者(養子の孫娘)にあたる。代助は、かねてより彼女の姓と、縁談相手に挙げられた因縁はよく知っているが、名前も人となりも知らない「一種特殊な関係」であった。京都育ち。耳は小さく、眼は鳶色で大きく、丸顔。箏とピアノとヴァイオリンを習った。たいへんおとなしい。
- 寺尾(てらお)
- 長井 代助とは同窓の、友人。売れない文学者。ロシア文学に心酔している。
映画
1985年11月9日公開の日本映画。監督は森田芳光。『三四郎』から『門』へ続く夏目漱石恋愛三部作のひとつ『それから』初の映画化[3]。古典名作を、現代的感覚で世に問うた文芸映画[4]。東映洋画配給で全国公開された[5][6]。
1985年度の第59回キネマ旬報ベスト・テン日本映画監督賞・第10回報知映画賞監督賞・第9回日本アカデミー賞優秀作品賞、優秀監督賞、最優秀助演男優賞(小林薫)、最優秀撮影賞(前田米造)、最優秀照明賞(矢部一男)、最優秀録音賞(橋本文雄)を受賞[7]。