田中俊恵

日本の警察官僚 From Wikipedia, the free encyclopedia

田中 俊恵(たなか としえ、1965年10月19日- [1] )は、日本警察官僚。史上初の警察庁採用女性キャリア[2]として、第64代警察大学校長、警視庁副総監、千葉県警察本部長、岩手県警察本部長などを務めた。

来歴

大阪府吹田市出身[2]大阪教育大学附属天王寺小学校[3]大阪教育大学附属天王寺中学校[4]大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎を経て[4][14][15]東京大学法学部を卒業後[2]1989年 (平成元年)、警察庁に入庁 (女性で初の警察庁キャリア)[2][14][15][16]。「世の中に何か役立つ仕事をしたかった」と思いから国家公務員を志望し、国家公務員Ⅰ種採用試験 (法律職)で25.2倍の倍率を突破して合格[14][15][16]。すべての省庁を訪問したが、「ここなら、背伸びしないでもやっていける」と直感し、警察庁を選んだという[14][15][16]

入庁後、滋賀県警察本部防犯部防犯少年課長、神奈川県保土ケ谷警察署長、埼玉県警察本部刑事部捜査第二課長、在オーストラリア日本国大使館一等書記官、警察庁交通局交通安全企画官などを歴任[2][17]。初任地の警視庁麻布警察署では、知能犯係として詐欺業務上横領事件を担当したほか、当直の夜間勤務で、けんかの現場に急行したり、窃盗容疑者の追跡を行った[18]。警察庁交通企画課係長の際には、駐車違反の取り締まりを強化する道路交通法改正で、反則金の引き上げを手がけ[19][20]、警察庁国際刑事課係長の際には、都道府県警と外国捜査当局の調整役を務め、名画盗難事件では捜査員としてスイスフランスに派遣された[21][22][23][24]。都道府県警察初の女性課長として着任した滋賀県警防犯少年課長の際には、少年犯罪雄琴ソープランド摘発に尽力したほか、パソコン通信を利用したわいせつCD-ROM販売事件の捜査指揮を行い、県警は警察庁長官賞を受賞した[25]。埼玉県警捜査第二課長としては、統一地方選挙選挙違反事件熊谷市発注の防護さく設置工事に絡む贈収賄事件、川越市の公園管理業務を巡る公金詐取事件、旧埼玉商銀背任事件などの解決に尽力した[26][27]

2013年8月20日、岩手県警察本部長に就任[2][28]。約1年5か月の在任中、東日本大震災からの復興支援に尽力した[29][30]ほか、生活安全部生活安全企画課に人身安全対策室を新設し、生活安全部と刑事部所属の約100人で構成される人身安全事案対処プロジェクトチームを結成した[31]

その後、警察庁刑事局捜査第一課長、警察庁長官官房会計課長、警視庁交通部長などを歴任[32][33][34]

2021年9月13日、千葉県警察本部長に就任[9][10][35]。約1年11か月の在任中、八街市で児童5人死傷した事故を受け、「県警交通安全緊急対策アクションプラン」を策定し[36]交通部に飲酒運転の取り締まり強化プロジェクトチームを発足させる[37][38]などして、通学路の安全確保飲酒運転の根絶などに取り組んだ[39]

2023年8月28日、警視庁副総監に就任[39][8][40]。兼務しているサイバーセキュリティ対策本部長として、メタバース空間に警視庁サイバーセキュリティセンターを開設するなどして、サイバー犯罪対策に取り組んだ[41][42]

2025年4月5日、第64代警察大学校長に就任[5][6][43]。2024年8月5日、勇退[7][44]

略歴

人物

女性で初の警察庁キャリアとして入庁した[2]。入庁後、都道府県警で初の女性課長(滋賀県警防犯少年課長)[25]、都道府県警で初の女性捜査第二課長 (埼玉県警)[25]、全国で2人目の警察署長 (神奈川県保土ケ谷警察署長)[27]、女性で初の警察本部長 (岩手県警)[2]など、数々の「女性初」の記録を塗り替えた。

大阪教育大学附属天王寺高校2年生の時、アメリカオハイオ州ウェストブランチ高校に留学し、地元の牧師宅にホームステイして、英語力を磨いた[14]。大学時代には法律を学ぶ一方で、「高松宮杯中学校英語弁論大会」を読売新聞社と共催するJNSA基金に所属し、大会役員として活躍した[14]。入庁後の1992年からの2年間、アメリカ・ミシガン大学大学院に留学し、司法制度などを学んだ[24]

脚注

参考文献

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