田舛彦介
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旧制柳井商業学校 (現・山口県立柳井商工高等学校) 卒業。 1946年、全日本卓球選手権大会では男子シングルス決勝で藤井則和に0-2で敗れ準優勝[2]。 1949年、田中良子と出場した全日本選手権混合ダブルス決勝で本庄俊彦 / 西村登美江組を2-0で下し、優勝[3]。 1950年、卓球用品総合メーカー株式会社タマスを創業した。 1957年、『卓球レポート』を創刊した。 1983年、バタフライ卓球道場を建設した。
株式会社タマスは、ブランド名であるBUTTERFLY(バタフライ)として知られている。 「選手を花にたとえるならば、私たちはその花に仕える蝶でありたい」との田舛彦介の考えから命名された[1]。