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山泉和子

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生年月日 (1935-01-17) 1935年1月17日
没年月日 (2024-08-27) 2024年8月27日(89歳没)
山泉 和子
基本情報
生年月日 (1935-01-17) 1935年1月17日
没年月日 (2024-08-27) 2024年8月27日(89歳没)
国籍 日本の旗 日本
選手情報
段級位 9段
利き腕 右
グリップ ペンホルダー
フォア面ラバー 一枚ラバー[1](後に表ソフト)
バック面ラバー なし
戦型 前陣速攻
ITTFサイト WTTプロフィール
世界卓球選手権戦歴
出場大会数 6
初-最終出場 1956 - 1971
獲得メダル
世界卓球選手権
金1959 ドルトムント女子ダブルス
金1959 ドルトムント女子団体
金1961 北京女子団体
金1963 プラハ女子団体
金1963 プラハ混合ダブルス
銅1963 プラハ女子ダブルス
アジア卓球選手権
金1960 ボンベイ女子シングルス
金1960 ボンベイ女子ダブルス
金1960 ボンベイ女子団体
銀1960 ボンベイ混合ダブルス
金1963 マニラ混合ダブルス
金1963 マニラ女子団体
アジア競技大会
金東京1958(英語版)女子ダブルス
金東京1958(英語版)女子団体
銀東京1958(英語版)女子シングルス
銀東京1958(英語版)混合ダブルス
金ジャカルタ1962(英語版)女子団体
銀ジャカルタ1962(英語版)女子シングルス
銀ジャカルタ1962(英語版)混合ダブルス
銅ジャカルタ1962(英語版)女子ダブルス
■テンプレート ■プロジェクト:卓球 ■選手一覧

山泉 和子(やまいずみ かずこ、1935年1月17日 - 2024年8月27日[2])(現姓名・伊藤和子)は、大阪府生まれの卓球選手[1]。日本卓球界の黄金期を支えた女子選手の一人で、2010年にはその功績を称えられ世界卓球殿堂入りを果たした。

孫の池田和正(明治大学出身)も卓球選手[3]。

疎開で愛媛県北宇和郡津島町(現宇和島市)に移住。1946年に卓球を始めた[1]。愛媛県立津島高等学校を経て大阪樟蔭女子大学へ進学[1]。大学卒業後は東洋レーヨンに入社した[1]。世界卓球選手権に6回出場し[1]、1959年に女子ダブルスで優勝、1963年に混合ダブルスで優勝、女子団体では3度優勝している[1]。

1960年の全日本卓球選手権では女子シングルス、ダブルス、混合ダブルスで優勝、女子選手として初の三冠王となった[1]。

また、2002年には全日本卓球選手権で、当時前人未到であった100勝を達成し[1]、2010年には長年に亘る功績を讃えられ国際卓球連盟より世界卓球殿堂入りを認められた[2]。

その後は母校である大阪樟蔭女子大学と日本卓球リーグ実業団連盟加盟のエクセディで監督を務めていた[1]。

2024年8月27日死去。89歳没(享年90歳)[2]。

主な戦績

関連図書

テレビ番組

脚注

外部リンク

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