百万ドルの饗宴

From Wikipedia, the free encyclopedia

百万ドルの饗宴』(ひゃくまんドルのきょうえん)は、1963年10月17日[1]から1966年10月13日まで日本テレビ系列局で放送されていた日本テレビ製作の歌謡番組である。初回からカラー放送[1]

ジャンル 歌謡番組
映像形式カラー放送[1]
概要 百万ドルの饗宴, ジャンル ...
百万ドルの饗宴
番組の生放送が行われていた後楽園ホール
ジャンル 歌謡番組
出演者 コロムビア・トップ・ライト
ほか多数
製作
制作 日本テレビ
放送
映像形式カラー放送[1]
放送国・地域日本の旗 日本
56分番組時代(第1期)
放送期間1963年10月17日[1] - 1965年4月
放送時間木曜 20:00 - 20:56
放送分56分
さよなら'64百万ドルの饗宴
放送期間1964年12月31日
放送時間木曜 19:30 - 20:56
放送分86分
回数1
86分番組時代
放送期間1965年5月 - 1965年10月
放送時間木曜 20:00 - 21:26
放送分86分
56分番組時代(第2期)
放送期間1965年11月 - 1966年10月13日
放送時間木曜 20:00 - 20:56
放送分56分
テンプレートを表示
閉じる

概要

日本のレギュラー歌謡番組では初の1時間編成を行った番組で、日本テレビがスタジオ契約を結んでいる後楽園ホールからの放送である。同ホールは1963年8月5日にカラー化が完成しており[2][3][4]、これに伴い、当時同ホールから放送している「私のクイズ」、「歌のグランプリショー」、「底ぬけ脱線ゲーム」等がカラー化された[注 1][5]。当番組もこれを受け、初回からカラー放送を行っている[1]

番組は、歌謡番組では初の1時間編成になることや初回からカラー放送になることも考慮して、各レコード会社の人気歌手を一同に集め、番組をデラックス化しようとして企画された。ところが、企画段階で日本音楽事業者協会が「たくさんの人気歌手を公開ホール(後楽園ホール)で見せられたのでは、歌手の地方公演に客が入らなくなる」と日本テレビに抗議してきた。そこで日本テレビは番組に「新人コーナー」を設け、各社の新人歌手を持ち回りで出演させることで音事協を納得させた[3]

尚、初回の1963年10月17日及び翌週の24日は2週に渡り「前夜祭」が放送され[6]、3週目の(10月)31日から通常放送となっている[7]

放送時間

いずれも日本標準時。20:00 - 21:26にプロ野球ナイター中継が行われる日には放送を休止。

  • 木曜 20:00 - 20:56 (1963年10月17日 - 1965年4月)
  • 木曜 20:00 - 21:26 (1965年5月 - 1965年10月)
  • 木曜 20:00 - 20:56 (1965年11月 - 1966年10月13日)

出演者

提供

当初は全商連事業団の単独提供で放送されていたが、半年後にハウス食品工業(現・ハウス食品)と三共(現・第一三共)の二社提供となった。86分に拡大してからはPT番組となり、この間は特定のスポンサーを置いていなかった。再び56分に縮小してからは、東レと内外編物(現・ナイガイ)とアデカ(旭電化=現・ADEKA)の三社提供で放送されていた。

大晦日スペシャル

1964年12月31日(木曜)には、放送時間を19:30 - 20:56に拡大しての大晦日スペシャル『さよなら'64百万ドルの饗宴』を放送。この回の出演歌手は村田英雄江利チエミ春日八郎西田佐知子和田弘とマヒナスターズ新川二郎畠山みどり三橋美智也美空ひばり橋幸夫三波春夫青山和子[9]

注釈

  1. 「私のクイズ」は同月9日放送分から、「歌のグランプリショー」と「底ぬけ脱線ゲーム」は同月11日放送分からカラー化されている

脚注

Related Articles

Wikiwand AI