皆川佑介

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愛称 ミナ
カタカナ ミナガワ ユウスケ
ラテン文字 MINAGAWA Yusuke
国籍 日本の旗 日本
皆川 佑介 
名前
愛称 ミナ
カタカナ ミナガワ ユウスケ
ラテン文字 MINAGAWA Yusuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1991-10-09) 1991年10月9日(34歳)
出身地 埼玉県所沢市東京都立川市生まれ)
身長 186cm
体重 84kg
選手情報
在籍チーム カンボジアの旗 ナガワールドFC
ポジション FW(CF)
背番号 9
利き足 右足
ユース
1999-2003 日本の旗 所沢サッカークラブジュニア
所沢市立明峰小学校
2004-2006 日本の旗 所沢ジュニアユース
所沢市立所沢中学校
2007-2009 日本の旗 前橋育英高校
2010-2013 日本の旗 中央大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2014-2019 日本の旗 サンフレッチェ広島 65 (5)
2018 日本の旗 ロアッソ熊本(loan) 41 (11)
2019-2020 日本の旗 横浜FC 45 (4)
2021-2022 日本の旗 ベガルタ仙台 48 (5)
2023 日本の旗 レノファ山口FC 30 (2)
2024- カンボジアの旗 ナガワールドFC
通算 229 (27)
代表歴
2014 日本の旗 日本 1 (0)
獲得メダル
サッカー
ユニバーシアード
2013 カザン男子
1. 国内リーグ戦に限る。2023年12月14日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

皆川 佑介(みながわ ゆうすけ、1991年10月9日 - )は、東京都立川市生まれ、埼玉県所沢市出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード(センターフォワード)。元日本代表

プロ入り前

兄の影響で新座市の幼稚園時代からサッカーを始める[1]

1999年小学2年から埼玉県所沢市へ転居する[1]。所沢サッカークラブジュニア、所沢ジュニアユース出身。金子昌広は所沢JYの1年先輩であり、親戚でもある[2]。当時はサイドバックでプレーしていた[2]

2007年、群馬県のサッカー強豪校・前橋育英高校へ越境入学[1]。2年先輩に青木拓矢廣瀬智靖、1年先輩に六平光成佐藤穣、同期に中美慶哉、1年後輩に小島秀仁、2年後輩に横山翔平。入学当初は様々なポジションを経験し、2008年高校2年の頃から本格的にFWを始める[1]同年の選手権ベスト4、2009年高校3年時インターハイ優勝を飾る[1]

2010年、高校の先輩である六平の後を追う形で中央大学へ進学、古豪・中央大学学友会サッカー部に所属する[1]。同期に高瀬優孝澤田崇シュミット・ダニエル林容平の控えとして試合出場を重ね、2012年大学3年時にレギュラーを掴み安柄俊とともに活躍するも、同年9月左膝前十字靭帯断裂および半月板損傷する[3][4]国立スポーツ科学センターでリハビリを続け[3]、復帰後2013年ユニバーシアード日本代表に選出され[5] 3位入賞。大学卒業の際には複数クラブから獲得オファーがあった[4]

サンフレッチェ広島

2014年、サンフレッチェ広島とプロ契約[4]。同期入団は、茶島雄介ビョン・ジュンボン高橋壮也大谷尚輝川辺駿宮原和也。茶島とは共に2013年ユニバ日本代表。同年6月練習試合で結果を残したことから評価を上げ、同年7月からJリーグで試合出場を重ねていた[6]。そこに新しく日本代表監督に就任したハビエル・アギーレによりA代表に大抜擢され、同年9月5日その初戦であるキリンチャレンジカップウルグアイ戦で日本代表デビューを果たした。なおAFCアジアカップ2015予備登録メンバーに選出されたものの、A代表に呼ばれたのはこの時だけである。

2015年、開幕後暫くはベンチスタートが続いていたが徐々にベンチ外になることが増える。夏以降、調子を取り戻し天皇杯では2回戦広島経済大戦から3試合連続ゴールを決める。またFIFAクラブワールドカップ2015ではオークランド・シティFCとの開幕戦に先発してオープニングゴール得点をあげた。

2016年、リーグ開幕からベンチ入りを続けるも新加入したP・ウタカの前に出場機会が得られなかったが、ACL2016を中心に出場機会を増やす。特にGL第6節FCソウルでは見事なダイビングヘッドを決めて勝利に貢献した。その後、チームに負傷者が続出した事に因る3-6-1から3-5-2へのシステム変更によって出場機会が増加。J1・2nd第3節(H)横浜FM戦では自身リーグ戦2年ぶりとなる貴重な同点弾を決めた。

2017年シーズンは18試合に出場したもののレギュラーの座を確保しきれず、途中出場が多くなっていた[7]

2018年、ロアッソ熊本期限付き移籍[8]。熊本は9勝7分け26敗と低迷しJ3降格が決まったが、自身は前線からの献身的な守備と堅実なポストプレーで監督の渋谷洋樹から信頼を獲得した。主に3‐1‐4‐2の2トップや3‐2‐4‐1の1トップとしてプレーした。開幕戦での得点を皮切りにキャリアハイとなる41試合11ゴール6アシストを記録しチーム内得点王となった。

横浜FC

2019年7月14日、横浜FCへの完全移籍が発表された[9]

ベガルタ仙台

2021年1月15日、ベガルタ仙台への完全移籍が発表された[10]

レノファ山口FC

2022年12月17日、レノファ山口FCへの完全移籍が発表された[11]。2024年1月5日、契約満了による退団が発表された[12]

ナガワールドFC

2024年7月19日、カンボジアプレミアリーグナガワールドFCに移籍することが発表された[13]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2014広島22J11833032245
2015503053133
20161911120222
20171814011232
2018熊本11J24111-004111
2019広島22J150-1060
横浜FC16J2161--161
2020J129300-293
2021仙台191506110221
2022J2335-20355
2023山口9302-10312
カンボジア リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2024-25ナガワールド9CL2914--2914
通算日本J1 109817313613917
日本J2 12019-3012319
総通算 2292717316626236
国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2014広島2210-
2015-31
201661-
201941-
通算AFC 11231

その他の国際公式戦

  • 2019年
  • 公式戦初出場:2014年3月11日 ACL第2節 vsセントラルコースト・マリナーズ戦(セントラルコースト・スタジアム)
  • 公式戦初得点:2014年7月12日 天皇杯2回戦対福岡大学戦(福山市竹ヶ端運動公園陸上競技場)
    • 先発フル出場、90+4分ゴール
  • Jリーグ初出場:2014年7月19日 J1第15節対大宮アルディージャ戦(NACK5スタジアム大宮)
  • Jリーグ初得点:2014年7月23日 J1第16節対柏レイソル戦(エディオンスタジアム広島)

代表歴

出場大会

  • U-15日本代表
  • 全日本大学選抜
    • 2010年 - 2012年
  • ユニバーシアード日本代表
    • 2010年
  • 日本代表
    • 2014年

試合数

  • 国際Aマッチ 1試合 0得点(2014年)
日本代表国際Aマッチ
出場得点
201410
通算 10

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2014年9月5日 日本の旗 札幌 札幌ドーム ウルグアイの旗 ウルグアイ ●0-2 ハビエル・アギーレ キリンチャレンジカップ2014

タイトル

チーム

サンフレッチェ広島

脚注

参考資料

関連項目

外部リンク

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