林容平

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愛称 もやし[注 1]、よーへー[3]
カタカナ ハヤシ ヨウヘイ
ラテン文字 HAYASHI Yohei
国籍 日本の旗 日本
林 容平
名前
愛称 もやし[注 1]、よーへー[3]
カタカナ ハヤシ ヨウヘイ
ラテン文字 HAYASHI Yohei
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-07-16) 1989年7月16日(36歳)
出身地 埼玉県狭山市
身長 178cm
体重 64kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足[4][3]
ユース
2005-2007 日本の旗 浦和レッズ
2008-2011 日本の旗 中央大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2012-2016 日本の旗 FC東京 15 (0)
2014 日本の旗 ファジアーノ岡山 (loan) 15 (1)
2014 日本の旗 大分トリニータ (loan) 20 (7)
2017-2018 日本の旗 大分トリニータ 26 (3)
2019-2020 日本の旗 ブラウブリッツ秋田 50 (8)
2021-2024 日本の旗 ブリオベッカ浦安 46 (8)
通算 172 (27)
代表歴
2008  日本 U-19 4 (1)
2010  日本 U-21 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年2月1日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

林 容平(はやし ようへい、1989年7月16日 - )は、埼玉県狭山市出身のプロサッカー選手。登録ポジションはフォワード中央大学文学部[5] 卒。マネジメント会社はジェブエンターテイメント[6]

プロ入り前

2005年浦和レッドダイヤモンズの下部組織に加入。2007年7月開催のクラブユース選手権では、チームトップの5得点を挙げた。同年8月にはスペインに遠征し、国際ユース大会「ビジャレアルユーストーナメント」に参加[7]9月開催の高円宮杯ユース選手権では3位に終わった。

2008年に中央大学に進学し、サッカー部に入部。2期上に村田翔、1期上に永木亮太が在籍。2010年にはU-21日本代表としてトゥーロン国際大会に参加。前線での豊富な運動量と得点力から[8]全日本大学選抜のエースとも目された[8]。しかし、その後の自身の不調[9] などにより、翌年開催のユニバーシアードには選外となった。2011年の総理大臣杯では、3戦連続得点を挙げ、チームを30年ぶりの決勝戦へ導いたが[10]、出場停止により決勝戦を欠場。林を欠いた中央大学は得点を挙げられず[11]、準優勝に終わった。同期には大岩一貴がおり、4年時には大岩が主将、林が副将を務めた[12]。関東大学1部リーグ通算63試合31得点を挙げた[13]

FC東京

古巣浦和も獲得を図っていたが[14]2012年からFC東京へ加入[15]。同年5月26日の浦和戦でJリーグ初出場。ゴール前での嗅覚と敏捷性を武器に[16]、相手の背後を突く動き出しでアピールを続け[17]2013年の天皇杯準々決勝では延長戦後半終了間際に値千金の決勝点を挙げた[18]

レンタル移籍

2014年ファジアーノ岡山期限付き移籍[19][20]キャンプで抜群の得点力を発揮し[21]シャドーストライカーとして[22] J2第1節富山戦で早速先発出場を果たした。後方まで下がっての守備が求められたこともあって[23] 得点は伸びず、徐々に控えへと追いやられた[24]

同年7月より大分トリニータへ期限付き移籍[25][26]。尚、移籍元クラブは引き続きFC東京[27]。サイドハーフやセンターフォワードで起用され[28]、巧みな動き出しでパスを呼び込み[1]得点への嗅覚を発揮[29]。シーズン途中加入ながらチーム最多得点を記録した。

FC東京復帰

2015年、移籍期間を満了し[30] FC東京に復帰[31]。2016年は主にU-23チームのオーバーエイジとしてプレー。同年10月30日のJ3第27節相模原戦ではハットトリックの活躍で[32] 勝利に貢献した。

大分トリニータ

期限付き移籍でプレーした2014年のオフ以来、毎年オファーを寄せていたという[33]大分トリニータの熱意に応え[34]、2017年に同クラブへ完全移籍[35][36]。3年ぶりに大分でプレーをする事となった。開幕戦でスタメン出場すると以後、序盤戦はコンスタントに出場機会を得ていたが次第に出場機会が減少。第17節・水戸戦の試合中に負傷し、全治8週間の右肘関節脱臼をするなど[37] 故障の影響もあり、リーグ戦出場は14試合に留まった。

2018年、第5節・水戸戦でシーズン初先発を果たすと第10節まで6試合連続で先発起用、2得点を記録する。しかし第16節以降は出場機会が減少し、シーズン通算で12試合出場に留まった。

ブラウブリッツ秋田

2019年より、ブラウブリッツ秋田に完全移籍[38]。2020年J3優勝達成。2020年12月11日、契約満了による退団が発表された[39]

ブリオベッカ浦安

2021年、ブリオベッカ浦安へ加入した[40]

エピソード

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012FC東京23J110000010
201330102161
2014岡山24J2151-11162
大分33207--207
2015FC東京23J11105210162
201600001010
2017大分11J2141-00141
2018122-10132
2019秋田13J3215-10225
2020293-00293
2021浦安24関東1部131--131
2022144-10154
2023JFL193-21214
2024-
通算日本J1 1506241253
日本J2 6111-216312
日本J3 508-10518
日本JFL 193-21214
日本関東1部 275-10285
総通算 172276210318832
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2016F東2323J3207207
通算日本J3 207207
総通算 207207
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2012FC東京2320
201600
通算AFC 20

タイトル

ブラウブリッツ秋田

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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