皇宮警察本部

警察庁の附属機関 From Wikipedia, the free encyclopedia

皇宮警察本部(こうぐうけいさつほんぶ、: Imperial Guard Headquarters)は、天皇皇后および上皇上皇后ならびに皇族皇室構成員)の護衛および皇居赤坂御用地御用邸などの警備を専門に行う日本警察組織である[4][5][6][7]警察庁附属機関として設置され、職員は国家公務員である皇宮護衛官、警察庁事務官および警察庁技官で構成される。

副本部長 岡本慎一郎(皇宮警視長)
上部組織 警察庁
内部組織 警務部門
警備部
護衛部
護衛署
皇宮警察学校
概要 皇宮警察本部(こうぐうけいさつほんぶ) Imperial Guard Headquarters, 役職 ...
日本の旗 日本行政機関
皇宮警察本部こうぐうけいさつほんぶ
Imperial Guard Headquarters

皇宮警察本部庁舎(旧枢密院庁舎)
皇宮警察本部庁舎
(旧枢密院庁舎)
役職
本部長 直江利克(皇宮警視監
副本部長 岡本慎一郎(皇宮警視長)
組織
上部組織 警察庁
内部組織 警務部門
警備部
護衛部
護衛署
皇宮警察学校
概要
所在地 東京都千代田区千代田1番3号
北緯35度41分7.2秒 東経139度45分30.7秒
定員 936人(うち896人は皇宮護衛官[1]
年間予算 83億6653万9千円[2](2018年度)
設置 1886年(明治19年)5月1日[3]
改称 1954年(昭和29年)7月1日
前身 宮内省皇宮警察署
禁衛府皇宮警察部
警視庁皇宮警察部
ウェブサイト
皇宮警察本部
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制服のワッペンと警笛釣り紐

本部所在地は、東京都千代田区千代田1番3号。本部長は、皇宮警視監階級にある皇宮護衛官である。慣例により内閣府事務官である宮内庁職員にも併任される[要出典]。皇宮警察本部の紋章は五三桐[注 1]である。

警察庁公式サイトには、皇宮警察本部の英語名称が「Imperial Guard Headquarters」(インペリアル・ガード・ヘッドクウォーターズ)と示されている[8]。the Guardは「近衛兵」を意味する英語である[9]1945年(昭和20年)の第二次世界大戦太平洋戦争大東亜戦争)終戦(日本の降伏)まで、宮城(きゅうじょう:皇居のかつての名称)の警備を担っていた大日本帝国陸軍近衛師団の英訳は「Imperial Guard Division」であった(Divisionは「師団」)[10]

概要

天皇徳仁皇后雅子および上皇明仁上皇后美智子ならびに皇族皇室構成員)の安全を確保するため、皇宮護衛官のうち側衛官が皇居・御所などはもとより、国内外において身辺の直近で護衛に当たっている。

また、皇居赤坂御用地、各御用邸京都御所正倉院などの安全を確保するため、主に以下の1都1府4県において警戒警備活動を行っている[5]

また、国賓として来日した外国要人の皇居参内や、信任状の捧呈に伴う特命全権大使の皇居参内に際して、騎馬サイドカー(側車付大型自動二輪車)などで護衛に当たっている[7]

皇宮警察音楽隊

また、皇宮警察は全国で唯一、警察業務と共に消防業務も行っているため、白い車体に赤色帯の入った「警防車」という消防ポンプ車を坂下護衛署、吹上護衛署、赤坂護衛署、京都護衛署などに配備している[11]

このほか、皇宮警察の職員である皇宮護衛官に対して必要な教育訓練を行う皇宮警察学校、皇宮警察音楽隊、皇宮警察特別警備隊なども設置されている。

2009年(平成21年)度に警務部長ポストを廃し、「副本部長」を設置した。

皇宮警察本部の定員は、警察庁の定員に関する規則[12]により規定されており、2020年(令和2年)4月1日現在、皇宮護衛官932人および事務官など40人の合計972人である。

2021年(令和3年)に、皇宮警察で初となる女性の皇宮警視正が誕生した。

毎年1月下旬に年頭視閲式があり、側衛車両部隊や騎馬隊など約11部隊・260人程度が皇居東御苑で式を行う。2021年(令和3年)と2022年(令和4年)は新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大のため、中止した。2023年(令和5年)1月20日、3年ぶりに行われた年頭視閲式には皇宮警察の創設以来初めて天皇皇后が出席した。ただ、天皇徳仁は1986年(昭和61年)の年頭視閲式に一度のみ出席したことがある[13]

沿革

宮内省時代(後に宮内府、現在の宮内庁に改編される)の皇宮警察の沿革は「皇宮警察 (宮内省)」を参照。

対応した主な事件

御料車と警護車列
白バイ・側車(サイドカー)・警護車
皇宮警察の警備車両(トヨタ・アリオン
京都御所の皇宮警察車両
儀礼服姿で皇居正門警備に向かう皇宮護衛官。皇居内にて撮影

組織

皇宮警察の消防車(警防車)

皇宮警察本部の組織は2部10課、4護衛署および皇宮警察学校によって構成される。

護衛部は天皇・皇后、上皇・上皇后および皇族(皇室構成員)の護衛を担当しており、警備部と4護衛署が皇居・赤坂御用地・各御用邸・京都御所および正倉院などの安全を確保するための警備を担当する。

  • 本部長(皇宮警視監
  • 副本部長(皇宮警視長)
  • 首席監察官
    • 警務課(人事、給与、広報、皇宮警察音楽隊)
    • 監察課(計画、監察、情報管理)
    • 会計課(予算、設備、修理)
    • 教養厚生課(一般教養、芸術研修、福利厚生、共済関係)
    • 護衛馬部隊
  • 警備部
  • 護衛部
    • 護衛第一課(天皇皇后両陛下・国賓護衛)
    • 護衛第二課(皇嗣同妃両殿下・皇族護衛)
    • 上皇護衛課(上皇上皇后両陛下護衛)
    • 侍衛官(3)(護衛指揮)
  • 坂下護衛署
    • 坂下門警備派出所
    • 供溜警備派出所
    • 櫓下警備派出所
    • 塔の坂警備派出所
    • 狐坂警備派出所
  • 吹上護衛署
    • 外庭東門警備派出所
    • 乾門警備派出所
  • 赤坂護衛署
    • 赤坂御所正門警備派出所
    • 鮫ヶ門警備派出所
    • 南門警備派出所
  • 京都護衛署
    • 建礼門警備派出所
    • 北門警備派出所
    • 修学院離宮皇宮護衛官派出所
    • 桂離宮皇宮護衛官派出所
    • 正倉院皇宮護衛官派出所
  • 皇宮警察学校[4]

業務

皇宮警察本部の業務には、護衛部門、警備部門、警務部門の3部門ある。

護衛部は、皇室構成員である天皇・皇后、上皇・上皇后および皇族の身辺の安全を確保するため、皇居・御所にいる時のみならず外出の際や各種式典等への出席の際などにも、一番近くで護衛にあたる。護衛のスキルは無論、乗馬スキーテニス外国語などの幅広い素養が不可欠であり、日常の教養や研修、訓練によって高度な技術を培っている。また、外国元首や駐日大使・公使の皇居参内時には、騎馬やサイドカーで護衛にあたる。

警備部・各護衛署では、皇居、赤坂御用地、京都御所、大宮仙洞御所、桂・修学院離宮、正倉院、御用邸などを警備することが任務で、天皇誕生日および新年一般参賀園遊会などの警備に必要な企画・立案を始め、装備資器材の配備・開発運用なども行う。また、突発対応部隊として特別警備隊が置かれており、有事に備え日々さまざまな訓練を行っているほか、皇居宮殿などで行われる皇室行事の際には、その厳粛な雰囲気を保持しながら、儀礼服という特別の制服を着用して警戒にあたる。警察で唯一消防活動を行うのも、皇宮警察の特長の一つである。万が一に火災が発生した場合の消火活動に加え、絶対に火災が起こらないかつ起こさせないように予防活動を行う。

警務部門は、皇宮警察の活動を効率的・効果的かつ円滑に運営するために、勤務体制・採用・人事管理・教養・予算・福利厚生など、組織の基盤を支える。業務運営の要として組織全体を把握した上で、第一線の勤務員の立場に立って働きやすい環境づくりを心掛ける。また、警務課の中には、音楽隊が組織されており、園遊会を始めとする皇室行事で演奏したり、全国警察音楽隊演奏会、皇居東御苑でのランチタイムコンサートなどで演奏したりと、皇宮警察の広報的な役割も担う。

また、皇宮警察本部警備部警備第一課に設置されている特別警備隊は、皇居正門や国賓の皇居参内等の行事における儀仗勤務や、事案発生時の警備出動を主たる任務として活動するほか、銃器等使用事案への対処能力を有し、皇居などにおける事案対処の中核を担っている。令和4年度(2022年度)からは、各種事案対処能力を更に強化するため、皇宮護衛官の中でも爆発物や銃器対策、大量破壊兵器(NBC)テロ対策などの技能に優れた者を改めて隊員に選抜するなど、体制と機能の充実を図っている[16]

歴代皇宮警察本部長

新警察法施行後、警察庁の附属機関となった時点を第1代とする。

さらに見る 代, 氏名 ...
氏名 在任期間 前職 後職
1 川合寿人 1954年7月1日-1956年6月30日 国家地方警察本部
警察大学校校長
近畿管区警察局長
2 原田章 1956年6月30日-1958年9月24日 福岡県警察本部長 警察庁長官官房長
3 井上康夫 1958年9月24日-1961年4月1日 京都府警察本部長 辞職
4 小杉平一 1961年4月1日-1962年5月8日 中国管区警察局長 関東管区警察局長
5 曾我部久 1962年5月8日-1963年8月2日 神奈川県警察本部長 関東管区警察局長
6 本多武雄 1963年8月2日-1964年7月31日 愛知県警察本部長 内閣官房内閣調査室長
7 中原英典 1964年7月31日-1966年9月16日 警察庁刑事局参事官
兼警察庁保安局付
中部管区警察局長
8 門司良弼 1966年9月16日-1968年9月10日 大阪府警察本部警務部長 愛知県警察本部長
9 長谷川俊之
1968年9月10日-1969年8月30日 広島県警察本部長 警察庁刑事局保安部長
10 北折篤信 1969年8月30日-1971年1月26日 長崎県警察本部長 東北管区警察局長
11 重光武徳 1971年1月26日-1972年7月14日 愛知県警察本部長 辞職
12 雨森和雄 1972年7月14日-1974年8月16日 福岡県警察本部長 大阪府警察本部長
13 猪瀬彰三 1974年8月16日-1975年8月4日 中国管区警察局長 辞職
14 広山紫朗 1975年8月4日-1977年2月18日 神奈川県警察本部長 警察大学校長
15 武田安雄 1977年2月28日-1979年2月2日 茨城県警察本部長 辞職
16 松井三郎 1979年2月2日-1980年11月1日 埼玉県警察本部長 関東管区警察局長
17 藤巻清太郎 1980年11月1日-1981年4月7日 神奈川県警察本部長 警察庁警務局
18 橋本佑三 1981年4月7日-1983年8月22日 警察庁警務局首席監察官 近畿管区警察局長
19 大波多三宜 1983年8月22日-1985年2月18日 千葉県警察本部長 警察大学校長
20 宮脇磊介 1985年2月18日-1986年7月1日 静岡県警察本部長 内閣官房内閣広報官
21 大高時男 1986年7月1日-1987年6月16日 警察庁警務局付[注釈 1] 内閣官房内閣情報調査室長
22 山口弘之 1987年6月16日-1989年9月2日 警察庁警務局付[注釈 2] 辞職
23 根本好教 1989年9月2日-1991年1月14日 福岡県警察本部長 近畿管区警察局長
24 加美山利弘 1991年1月14日-1992年4月1日 警察庁刑事局保安部長 辞職
25 笠井聰夫 1992年4月1日-1994年2月1日 埼玉県警察本部長 辞職
26 川田晃 1994年2月1日-1995年2月1日 警察大学校副校長 辞職
27 増田生成 1995年2月1日-1997年3月31日 警察大学校副校長 辞職
28 小林奉文 1997年3月31日-1998年7月28日 京都府警察本部長 警察庁生活安全局長
29 服部範雄 1998年7月28日-2000年8月24日 警察庁長官官房 関東管区警察局長
30 瀬川勝久 2000年8月24日-2002年8月2日 警察庁長官官房審議官
(警備局担当)
警察庁生活安全局長
31 伊藤哲朗 2002年8月2日-2004年1月28日 千葉県警察本部長 警察庁生活安全局長
32 小田村初男 2004年1月28日-2006年1月23日 警察庁長官官房付 辞職
33 加地隆治 2006年1月23日-2008年4月14日 内閣府大臣官房審議官
(共生社会政策担当)
辞職
34 加地正人 2008年4月14日-2009年3月31日 埼玉県警察本部長 宮内庁東宮侍従長
35 近藤善弘 2009年3月31日-2011年8月11日 警察庁長官官房首席監察官 辞職
36 五十嵐邦雄 2011年8月11日-2013年4月5日 千葉県警察本部長 辞職
37 久我英一 2013年4月5日-2015年8月7日 神奈川県警察本部長 辞職
38 藤山雄治 2015年8月7日-2017年9月11日 内閣官房内閣審議官
(内閣官房副長官補付)[注釈 3]
辞職
39 牛嶋正人 2017年9月11日-2020年7月28日 宮内庁侍従 辞職
40 古谷洋一 2020年7月28日-2021年9月22日 中部管区警察局長 辞職
41 松本裕之 2021年9月22日-2023年4月14日 警察庁長官官房付[注釈 4] 辞職
42 下田隆文 2023年4月14日-2024年8月8日 警察庁長官官房付[注釈 5] 辞職
43 直江利克 2024年8月8日- 神奈川県警察本部長 (現職)
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警察歌

  • 皇宮警察歌
    • 作詞:白岩晃
    • 作曲:安部幸明
    • 1954年(昭和29年)9月16日に「皇宮警察行進歌」と併せて制定[17]。歌詞は『皇宮警察史』(1976)の巻頭や久能靖『皇宮警察』(2017)に収められている。

関連楽曲

  • 皇宮警察行進歌
    • 作詞:白岩晃
    • 作曲:沖不可止
    • 「皇宮警察歌」と同時に制定[17]
  • 皇宮警察壮行歌
    • 作詞:白岩晃
    • 作曲:沖不可止
  • 皇宮警察学校校歌

不祥事

  • 2002年(平成14年)1月 - 吹上護衛署の女子更衣室から部下の女性護衛官の下着を窃盗したとして、男性皇宮警部補懲戒処分[18]
  • 2003年(平成15年)6月 - JR総武線の電車内で女性会社員(30代)に痴漢をしたとして、男性皇宮巡査部長が懲戒処分[18]
  • 2004年(平成16年)7月 - 都内のビデオ鑑賞店からアダルトビデオ10本を窃盗したとして、皇宮巡査長が懲戒処分[18]
  • 2007年(平成19年)3月29日 - 2005年(平成17年)10月から2006年(平成18年)6月までにかけて、皇宮警察学校を卒業したばかりの女性護衛官が40代後半の上司から数回、胸をもまれたり、執拗にメールを送られたりするセクシャルハラスメント事案があり、この上司が同日付で減給6か月の懲戒処分を受ける[18]
  • 2015年(平成27年)7月 - 皇宮警察学校の学生の給食費など30万円を着服した教養課の男性皇宮警部補(30代)が書類送検され、停職1か月の懲戒処分を受けた[19]
  • 2016年(平成28年)1月12日 - 護衛第二課の男性皇宮警部補(42歳)が電車内で女性乗客の下着の中に手を入れ尻を触るなどしたとして、東京都迷惑防止条例違反(痴漢)の現行犯で逮捕された[20]
  • 2017年(平成29年)12月 - 男性皇宮巡査部長(30代)が児童ポルノDVDを所持していたとして、警視庁が児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反の疑いで男性皇宮巡査部長を書類送検した。男性皇宮巡査部長は依願退職[21]
  • 2019年(令和元年)6月 - 皇宮警察学校の実習先だった那須御用邸の敷地内にある施設での懇親会などで、1年間にわたって校長や教官、新任の護衛官らが同席する場で未成年(当時:19歳以下)飲酒が繰り返されていた。また、成年男女4人の護衛官が飲酒後にみだらな行為に及んでいた[19]。 学校長が本部長訓戒、ほかの15人は関与の度合いなどに応じて副本部長訓戒などの懲戒処分を受け、学校長は辞職した[22]
  • 2020年(令和2年)2月 - 男性皇宮警部補が出張先の新潟県宿泊施設で、入浴中の同僚の女性護衛官をのぞき見し、盗撮していたことが発覚。減給月額10分の1・6カ月の懲戒処分[19][23]
  • 2021年(令和3年)2月19日 - 京都護衛署長の皇宮警視正(59)が2017年(平成29年)に知人女性を正規の手続きをせずに赤坂御用地へ立ち入りさせていたことが判明。減給6か月の懲戒処分。皇宮警視正は同日付で依願退職[24]
  • 2022年(令和4年)1月1日 - 護衛部護衛第一課の皇宮警部が、都内のパチンコ店2店舗で座席にかけてあったダウンジャケットなど3着を盗み、同年2月に窃盗で逮捕される[25]
  • 2022年(令和4年)6月・7月 - 現場幹部らを中心に護衛対象である皇族への悪口雑言が横行していたこと、スパイと疑われる外国人その他複数の侵入事件が隠蔽されていたこと、不倫、庁内飲酒等が常態化していたことが広く報道された[26]。その中で2020年(令和2年)10月、皇居の一般立入禁止区域に侵入した中国国籍の男を1時間以上放置していたことがわかった[27]

参考文献

  • 皇宮警察史編さん委員会編『皇宮警察史』1976年、皇宮警察本部
  • 皇宮警察史編さん委員会編『皇宮警察史』2006年、皇宮警察史編さん委員会
  • 秦郁彦 編著『日本陸海軍総合事典』(第2)東京大学出版会、2005年。
  • 久能靖『皇宮警察』2017年、河出書房新社 ISBN 978-4-309-02555-1

脚注

関連項目

外部リンク

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