神山一義

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1966-10-07) 1966年10月7日(59歳)
身長
体重
184 cm
78 kg
神山 一義
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市港南区[1]
生年月日 (1966-10-07) 1966年10月7日(59歳)
身長
体重
184 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1984年 ドラフト6位
初出場 1987年10月1日
最終出場 1996年5月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

神山 一義(こうやま かずよし、1966年10月7日 - )は、神奈川県横浜市港南区[1]出身の元プロ野球選手外野手)。

横浜高では2年夏の県大会決勝で三浦将明(プロでも同僚)から本塁打を放つが惜敗、通算45本塁打を放つ。

1984年ドラフト会議中日ドラゴンズから6位で指名を受け入団[1]

プロ3年目の1987年は、10月1日に一軍初出場すると閉幕までの間に11試合に出場し本塁打2本を放った。1988年ロサンゼルス・ドジャース傘下のルーキーリーグガルフ・コーストリーグ)に野球留学した[1]。そのため、この年の一軍出場はなかった。

1990年は、控え外野手として一軍ではキャリアハイとなる55試合に出場し27安打の記録を残す。しかし、その後は出場機会が減少し、13年目の1997年10月初旬に球団から戦力外通告を言い渡され、同年限りで現役を引退した[1]。長打力のある野手として毎年のように期待されていたが、プロ13年間の大半を二軍で過ごし、一軍で結果を残すことはできなかった。

一軍で残した通算成績は136試合出場、打率.220、6本塁打[1]。引退後は愛知県豊田市内の中日新聞販売店に就職[1]、2017年8月時点では豊田市内で同紙販売店を経営している[2]

人物

父親は1997年時点で、神奈川県で野菜の配達業と中華料理店を経営しており、また一義の弟が中華料理店のコック(を務めていた[1]。父親は一義が中日から戦力外通告を受けた際には「実家に帰って来い」といっていた。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1987 中日 11191754002102000010131.235.316.588.904
1989 2231285510192002010071.179.207.321.528
1990 5511710213273013370360900213.265.324.324.648
1991 11101000100000000001.0001.0001.0002.000
1992 1214111100011000120021.091.214.091.305
1994 6870100010000010021.143.250.143.393
1995 154843382021621110410152.186.255.372.627
1996 141091100010001000021.111.111.111.222
通算:8年 136248218284860672141410118115210.220.282.330.612

記録

背番号

  • 59 (1985年)
  • 44 (1986年 - 1997年)

脚注

関連項目

外部リンク

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