稲村耕雄
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東京出身[1]。
父は中型ゆかた本舗の染色会社社長で、経営者になるため当初は東京高等商業学校(現一橋大学)を志望していたが、戦後恐慌のため家業が倒産し、1930年に東京高等工業学校染料科を卒業。1933年東京工業大学染料化学科卒業。1938年から日仏交換留学生としてコレージュ・ド・フランス、モンペリエ大学科学研究所に留学[2][3]。
東京工業大学講師、東京工業大学助教授を経て、東京工業大学教授[4]。1949年大阪大学理学博士[5]。
1953年日本流行色協会発起人[6]。1963年インターカラー設立[7]。
国際色彩学会(AIC)の発足の際にも関りがあり、1965年にスイス・リュサン(英語版)での会合に日本代表として出席している[8]。
著書
- 『研究と条件』生活社 1942
- 『研究と動員』日本評論社 1944
- 『色彩論』岩波書店 1955
- 『色彩調節』オーム社 1955
- 『化学』開隆堂出版 1956
- 『色いろは : 小事典』光文社 1957
- 『色彩入門 : 現代人のカラー・ガイド』講談社 1965
- 『カラーABC : 暮しのための色彩案内』保育社 1966
編集
- 『フランス科学の展望』白水社 1949
- 『工業と色彩』修道社 1956
翻訳
- セルジュ・チャコチン『研究と組織』白水社 1942
- ジョルジュ・ユルバン『一般化学 : 基本概念と基礎原理』白水社 1949
- ジェームス・ストークレー『科学は世界を創造する』新教育事業会 1950
- アンリ・シャトリエ 『実験科学方法論』白水社 1951
- アンリ・ジベロ『ヴィニル樹脂』イブニングスター社 195
- マルセル・ボル, ジャン・ドゥルニョン『色彩の秘密』白水社 1955
脚注
- ↑ 稲村耕雄(読み)いなむら やすおデジタル版 日本人名大辞典+Plus
- ↑ 岡田大士「東京工業大学における 『戦後大学改革』— その過程と大学 基準協会発足における役割」,大学史研究 第 20 号,46–60, 2004
- ↑ 先輩の目を通してみた戦後の東工大史東京工業大学博物館2021年4月21日 17:28
- ↑ 稲村 耕雄(読み)イナムラ ヤスオ20世紀日本人名事典
- ↑ トランス-及びシス-デカリンのラマン・スペクトル 稲村, 耕雄 イナムラ, ヤスオ
- ↑ 日本流行色協会発足東京文化財研究所
- ↑ インターカラーの設立 (JAFCA ファッションカラーハンドブック 2002 年より)
- ↑ “Gunnar Tonnquist. "The early history of the Association Internationale de la Couleur (AIC)". In AIC Color 77, Proceedings of the Third Congress, Troy, New York, 10–15 July (Bristol, England: Adam Hilger, 1978), 13-32.”. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月21日閲覧。
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