稲荷町 (盛岡市)
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岩手県盛岡市南西部に位置する。
域内は住宅地や商店が混在しており、一部田畑もみられる。また、西部から南部にかけて諸葛川が流れる。
概要
元は盛岡市下厨川の一部。町名は、文治年間に、厨川工藤氏によって建立されたとされる里館稲荷社から取られた。なお、町内には厨川稲荷神社があるが、その由来は里館稲荷社を遷宮したものか別の稲荷社か定かではなく、創建時期なども不明である。
町内に存在する稲荷町遺跡では、昭和55年から宅地造成や住宅建設に伴い、発掘調査が実施され、古くは縄文時代の落とし穴をはじめ、平安時代の終わり頃と考えられる建物群、江戸時代の曲屋を中心とする屋敷跡などが確認され、継続的な土地利用が行われていたことを窺わせる。また、この地は古代末期に前九年の役で登場する厨川柵擬定地、中世期の厨川城に隣接し、近世においては秋田街道が通り、古くから交通の要衝の地であったと考えられている[5]。
1889年(明治22年)4月1日、町村制施行により南岩手郡厨川村が発足し、その一部となった。1913年(大正2年)6月10日、編入合併により盛岡市の一部となり、1969年(昭和44年)に住居表示が実施され、盛岡市下厨川の一部から、稲荷町が成立した。
世帯数と人口
交通
河川
- 諸葛川
- 小諸葛川