稲葉通彦
From Wikipedia, the free encyclopedia
茨城県水戸市出身。茨城県士族、奈良女子高等師範学校名誉教授の稲葉彦六の長男として生まれる[5][6]。旧制第八高等学校を経て、1923年(大正12年)東京帝国大学工学部土木工学科を卒業し、鉄道省に入省した[6]。
1925年(大正14年)鉄道技師となり、1931年(昭和6年)12月から1933年(昭和8年)8月まで欧米に留学した[6]。
1946年(昭和21年)同省を退官した。鉄道弘済会理事や中央建設業審議会委員となり、1950年(昭和25年)9月鉄道建設興業(現在の鉄建建設)副社長に就任した[6]。
1955年(昭和30年)10月、社長に就任した[6]。1967年(昭和42年)5月、会長に就任した。1968年(昭和43年)5月、相談役に就任した[6]。1970年死去。死没日付をもって従四位から正四位に進階した[7]。