宮脇花綸

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国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1997-02-04) 1997年2月4日(29歳)
出身地 東京都
宮脇 花綸
「パリ2024オリンピック・パラリンピック TEAM JAPAN応援感謝イベント」での宮脇花綸(2024年11月30日撮影)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
所属 三菱電機
誕生日 (1997-02-04) 1997年2月4日(29歳)
出身地 東京都
身長 161cm
体重 54kg
獲得メダル
日本の旗 日本
女子 フェンシング
オリンピック
2024 パリフルーレ団体
世界選手権
2023 ミラノ団体
アジア競技大会
2018 ジャカルタフルーレ団体
ユースオリンピック
2014 南京大陸別混合団体
2014 南京フルーレ個人

宮脇 花綸(みやわき かりん、1997年平成9年〉2月4日 - )は、日本のフェンシング(フルーレ)選手。所属先は三菱電機株式会社[1]

東京都世田谷区出身。父は日本フェンシング協会元専務理事の宮脇信介[2]。祖父は皇宮警察本部長や初代内閣広報官を務めた宮脇磊介[3]。曽祖父は最後の官選埼玉県知事を務めた宮脇倫。大叔母(磊介の末妹)・千恵子は、サンウエーブ工業社長などを務めた中村久次の長男・雄一(山武ハネウエル元勤務)に嫁いでおり、子爵加納久朗渋沢栄一、さらには中村雄一の妹・久美子を通じて第82・83代内閣総理大臣橋本龍太郎とも縁戚関係にある[4][5][6][7]

東洋英和女学院小学部東洋英和女学院中学部慶應義塾女子高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部を卒業[8]。2019年4月から2022年3月までマイナビ所属。

5歳の幼稚園児時代、5歳上の姉がフェンシングを始めた影響を受けて自分もやり始める[9]。小学校年代からフェンシングの大会に出場しており、小学校4年の時に第19回全国少年フェンシング大会(小学3〜4年生の部女子)で優勝経験を持つ[10]

2012年に、フランスのマラソン・フルーレの女子U-17カデットで優勝を飾る[11]

高校に進学した際にはフェンシングを続けるか、別の道を選ぶかで悩んでいたが、1年次の時にオリンピックメダリストである太田雄貴(現:日本フェンシング協会会長)と対面して太田から『オリンピックでメダルを獲る』ことを前提とした講話を聞き、本格的にフェンシングに打ち込むことを決める[9]

2014年南京ユースオリンピックではフルーレ日本代表に選出され[12]、本大会では個人女子フルーレでサブリナ・マシアラス英語版(USA)と対戦した。延長戦にもつれ込む熱戦の末に力尽きて敗れはしたが、見事に銀メダルを獲得した[13]。そして、ユースオリンピック大陸別団体戦では、江村美咲と共にアジア&オセアニア連合軍のメンバーとして活躍して金メダルを獲得した[14]。また同年の世界ジュニア選手権(ブルガリアプロヴディフ)では女子フルーレで銅メダルを獲得している[15]

2015年4月、慶應義塾大学経済学部に入学。数学や理科などの科目が得意であったため理系の学部に内部進学することも考えたが、最終的に研究よりも剣に時間を費やす道を選んだ[16]

2016年、ジュニアワールドカップ大会(ルーマニアティミショアラ)女子個人フルーレで優勝を飾った[17]

2017年、オリンピックをコンセプトにしたももいろクローバーZのシングル『BLAST!』のミュージックビデオに出演[18]。メンバーの玉井詩織とフェンシングで対戦するシーンが収められた[19]

2018年、ジャカルタ・パレンバンアジア競技大会の日本代表選手に選出され、女子フルーレ団体戦で中華人民共和国を下して金メダルを獲得した[20]

2019年4月、同競技の才藤歩夢と共にマイナビに入社[21]。同月19日時点で国内ランキング1位となった[22]

2022年10月21日に日本テレビで放送された『クイズ!あなたは小学5年生より賢いの?』において、10問+300万円への挑戦問題に全問正解を達成して賞金300万円を獲得した。なお、賞金は海外遠征費や道具代に充てる予定であるという[23]。その後の放送で、賞金を遠征費などに充てていたことが本人出演のVTRで報告された。クイズ出演当時は所属先も決まっていない状態で(マイナビ所属は2022年3月まで)、活動費を稼ぐために、自ら逆オファーで出演[1]。「頭脳派フェンサー」とも評される[1]

2024年5月19日、パリオリンピック代表に選出されたことが発表された[24]

パリオリンピックのフェンシング女子フルーレ個人では、初戦でフランスのエバ・ラシュレーと対戦し10-15で敗れた[25]。その後、現地時間8月1日に開催された女子フルーレ団体に東晟良上野優佳菊池小巻と出場し、3位決定戦でカナダと対戦した。1試合を終えたところで、残りの2試合をリザーブの菊池と交代し、最終的に日本が33-32の1点差で勝利して銅メダルを獲得。日本フェンシング女子で、個人・団体を通じて初めてのオリンピックメダル獲得となった[26][27]

家族・親戚

宮脇家

親戚

略系図

脚注

外部リンク

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