第21飛行隊 (航空自衛隊)
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沿革
- 1975年(昭和50年)3月31日 - 松島基地の第4航空団隷下にて臨時T-2訓練隊新編[1]。
- 1976年(昭和51年)3月29日 - 臨時T-2訓練隊を臨時第21飛行隊に改編[1]。
- 1982年(昭和57年)1月12日 - 第21飛行隊内に戦技研究班(T-2ブルーインパルス)を新設[1]。
- 1992年(平成4年)10月 - T-4準備班(T-4ブルーインパルス)を新設[1]。
- 1994年(平成6年)10月1日 - T-4準備班を臨時第11飛行隊に改編[1]。
- 1995年(平成7年)12月22日 - 戦技研究班が解散。同日付で第11飛行隊新編[1]。
- 2002年(平成14年)4月1日 - 臨時教育F-2飛行隊編成。F-2B配備開始[1][2]。
- 2004年(平成16年)3月10日 - T-2ラストフライト、T-2での訓練終了。
- 2006年(平成18年)12月2日 - 部隊創隊30周年記念式典を実施[3]。
- 2011年(平成23年)3月11日 - 東日本大震災に伴い発生した津波により所属機がすべてが水没し、一時使用不能状態に陥る[2]。
- 2015年(平成27年)4月21日 - F-2B修復初号機が三沢基地に回航[2]。
- 2016年(平成28年)3月20日 - 修理を終えた6機を含めた計10機のF-2で第21飛行隊が松島基地に帰還。記念式典が行われた[4]。
- 2017年(平成29年)3月25日 - 部隊創隊40周年記念式典を実施[1]。
- 2018年(平成30年)2月28日 - F-2B修復最終号機受領[5]。
歴代運用機
地震被害
2011年(平成23年)3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震に伴い発生した津波により第21飛行隊のF-2B 18機、第21飛行隊と第11飛行隊のT-4 4機が水没した[6][7]。防衛省は水没した18機のF-2Bの修理を目指して4月17日より修復作業に入り[8]、最終的に修理可能な13機を復帰させることが決定した[9]。
第21飛行隊は青森県の三沢基地へ移動し三沢移動訓練隊を編成し、他部隊のF-2Bを借り受け飛行教育を再開していたが、2016年(平成28年)3月20日に修理が完了した被災機6機を含む計10機のF-2Bの体制で第21飛行隊を松島基地に帰還させた[10]。2017年度までに残り7機も復帰させるよう修理を行い[11]、2018年(平成30年)2月28日に修復最終号機(33-8127号機)が松島基地に到着し、修復作業を行った全13機の納入が完了した[5]。
