細川バレンタイン

日本の男子プロボクサー From Wikipedia, the free encyclopedia

細川 バレンタイン(ほそかわ バレンタイン、1981年昭和56年〉4月16日 - )は、日本の元プロボクサー宮崎県宮崎市出身[3]角海老宝石ボクシングジム所属[5]。元日本スーパーライト級王者。

本名 細川 バレンタイン ケレチ オニーニエ 繁[1]
細川 バレンタイン[1]
通称 バレン[2]
身長 163cm[3]
概要 基本情報, 本名 ...
細川バレンタイン
日本スーパーライト級王座当時
基本情報
本名 細川 バレンタイン ケレチ オニーニエ 繁[1]
細川 バレンタイン[1]
通称 バレン[2]
階級 スーパーライト級
身長 163cm[3]
国籍 日本の旗 日本[1]
誕生日 (1981-04-16) 1981年4月16日(45歳)[3]
出身地
家族 細川チャーリー忍(弟)
スタイルボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 37
勝ち 25
KO勝ち 12
敗け 9
引き分け 3
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活動期間 2020年 -
ジャンル
登録者数 16.8万人
概要 細川バレンタイン, YouTube ...
細川バレンタイン
YouTube
チャンネル
活動期間 2020年 -
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登録者数 16.8万人
総再生回数 1億664万回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2025年7月21日時点。
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来歴

生い立ち

父は文部省の国費留学制度で招聘され上智大学に学ぶナイジェリア人の留学生であり、母も同校の学生であり、2人はキャンパス内で出会い恋に落ち結婚した。生後、一家はナイジェリアに移住し7歳まで同国で育つが、同国は教育環境に適していないと判断した両親の方針で単身祖父母の住む宮崎県に移住し、同地の公立小学校に入学する。日本語を話すことが出来なかったことから、やむを得ず1年時に留年している。その後、バレンタインに言わせれば「ナイジェリア人の血が騒いだ」ことから不良少年として勇名を馳せ、度々警察に補導されることとなった。祖父母にはさじを投げられ14歳でナイジェリアに強制送還される。

父は同国内で起業しビーチサンダルを製造する会社を経営していたが事業はそれほどうまくはいかず、一家は経済的には豊かではなかった。父からはナイジェリアから脱出して人生を切り開く手段は高等教育を受ける以外にないことを諭され、以後勉学に心血を注ぐ。その甲斐あってケンブリッジ大学の医学部に合格するが、奨学金を得ることが出来ず同校への進学を断念せざるを得なかったとしている[6]。傷心の中、祖母が日本への旅費を出してくれ、帰国し大学進学を志す。学費をためるためにセントラルフィットネスクラブのインストラクターとガードマンのバイトを掛け持ちするが、学費を捻出する貯金をためるには及ばなかった。22歳の時収入を安定させるためにシティバンクの派遣社員の募集に応募し、英語と日本語のバイリンガルの能力を買われ採用される。一方でパソコンのタイピングが出来なかったことからOJT(研修期間)はキーボードと格闘することとなった。働きながら通信制の大学で経営学を学び学位を得る[7]。その後、24歳の時K1に出会い、その魅力に取りつかれパンチングを修得するために宮田ボクシングジムに通うことになった。会長の宮田博行に勧められて試合に出るが、当初は簡単に倒せるとなめ切っていたが、見た目の軟な17歳の少年にコテンパンに叩きのめされ、自分の実力を思い知らされる。その悔しさからボクシングに専念することになった[8]

プロデビュー

2006年5月23日、宮田ジム・スポーツクラブ所属選手として後楽園ホールで神崎宜紀とデビュー戦を行い、4回1-1(39-37、38-39、38-38)の判定で引き分けた[9]

2006年7月24日、後楽園ホールで小林鋼介と対戦し、初回14秒TKO勝ちでプロ初勝利[10]

2007年7月31日、後楽園ホールで行われた第64回東日本新人王トーナメントライト級部門予選で近藤明広と対戦し、4回0-3(36-40、37-40、38-39)の判定負け。プロ初黒星となり、東日本新人王トーナメントの予選で敗退した[11]

2008年1月25日、後楽園ホールで渡部智之とライト級4回戦を行い、2回1分9秒KO勝ち[12]

2008年8月5日、後楽園ホールで行われた第65回東日本新人王トーナメントライト級部門準々決勝で加藤健太と対戦し、4回1-1(38-37、38-39、38-38)の判定で引き分けたが規定により準決勝に進出した[13]。9月25日、トーナメント準決勝で小澤剛と対戦。4回2-0(39-37、39-38、39-39)で判定勝利し、決勝に進出[14]。11月2日、トーナメント決勝で麻生興一と対戦し、5回1-1(48-47、46-48、48-48)の判定で引き分けたが規定により優勝。東日本新人王の座を獲得[15]。12月21日、第55回全日本新人王決定戦ライト級部門決勝戦で浦秀晃と対戦し、5回3-0(50-46、50-47、49-47)の判定勝ち。全日本新人王の座を獲得[16][17]

2009年7月7日、後楽園ホールで長崎大之とライト級8回戦を行い、8回3-0(80-73、78-74、78-76)の判定勝ち[18][19]

2009年10月23日、後楽園ホールで生田真敬とライト級8回戦を行い、3回58秒TKO勝ち[20][21]

2010年2月26日、後楽園ホールで島村国伸とライト級6回戦を行い、6回1-2(57-56、56-57×2)の判定負け[22][23]

2010年5月9日、後楽園ホールで日本スーパーライト級5位の迫田大治とスーパーライト級8回戦を行い、8回3-0(3者共77-76)の判定勝ち[24][25]

2013年2月11日、後楽園ホールで日本スーパーライト級王者の岩渕真也と対戦し、8回2分0秒TKO負け[26]

2013年8月18日、ソウルOPBF東洋太平洋スーパーライト級王者の金敏旭と対戦し、11回TKO負け[27]

2014年6月17日、後楽園ホールで安達寿彦とスーパーライト級8回戦を行い、8回3-0(79-74、78-75、78-75)の判定勝ち[28][29]

2014年11月25日、後楽園ホールで行われた「DANGAN116」で合田剛士とスーパーライト級8回戦を行い、5回2分12秒TKO勝ち[30]

2015年4月19日、大阪市立住吉区民センターでジャンボ織田信長書店ペタジーニとスーパーライト級8回戦を行い、8回3-0(79-74、78-74、77-76)の判定勝ち[31]

2015年12月8日、後楽園ホールで行われた「DANGAN147」で日本スーパーライト級5位の青木クリスチャーノとスーパーライト級8回戦を行い、8回2-1(77-75、78-75、75-76)の判定勝ちを収めた[32]

2016年4月13日、後楽園ホールで行われた「ザ・グレイテスト・ボクシング」で佐藤矩彰とスーパーライト級8回戦を行い、8回0-3(76-77×2、75-77)の判定負け[33]

2016年11月1日、後楽園ホールで日本スーパーライト級王者の岡田博喜と対戦し、10回0-3(91-99、92-98×2)の判定負け[34][35]。試合後、角海老宝石ボクシングジムに移籍した[36]

2017年3月27日、後楽園ホールで行われた第59回フェニックスバトルでクウエ・ピーターとスーパーライト級8回戦を行い、8回3-0(78-73、78-75、77-74)の判定勝ち[37][38][39]

2017年12月14日、後楽園ホールで行われた「ダイヤモンドグローブ」で日本スーパーライト級王者の麻生興一と対戦し、10回3-0(96-95、95-94×2)の判定勝ち。9年ぶりの再戦を制し、王座獲得[40][41]。2018年1月15日、東日本ボクシング協会2017年12月度の月間MVPに選出された[42]

2018年5月7日、後楽園ホールで行われた「SLUGFEST」で日本スーパーライト級1位のデスティノ・ジャパンと対戦し、7回1分21秒TKO勝ち。初防衛に成功した[43]。6月11日、東日本ボクシング協会2018年5月度の月間MVPに選出された[44]

2018年12月1日、後楽園ホールで行われた「ダイナミックグローブ」で日本スーパーライト級10位の稲垣孝と対戦し、1回2分56秒TKO勝ち。2度目の防衛に成功した[45]

2019年4月6日、後楽園ホールで行われた「ダイナミックグローブ」で日本スーパーライト級1位の井上浩樹と対戦し、10回0-3(93-97、93-98、92-98)で判定負け。3度目の防衛に失敗し、王座から陥落した[46]

2019年11月22日、後楽園ホールで日本ライト級10位の有岡康輔と対戦し、1回45秒KO勝ち[47]

2020年9月3日、後楽園ホールで日本・OPBF東洋太平洋・WBOアジアパシフィックライト級王者の吉野修一郎に挑戦し、12回0-3(108-120、109-119×2)で判定負け[48]

2021年7月3日、後楽園ホールで元WBO世界スーパーフェザー級王者で、日本ライト級3位の伊藤雅雪と対戦し、8回1分17秒TKO負け[49]

2021年7月13日、日本ボクシングコミッションに引退届を提出した[50]

引退後

現役引退後は自身のYouTubeチャンネルなどで格闘技系時事ネタを批評しており、『超RIZIN』でフロイド・メイウェザー・ジュニアに対して花束を投げ捨てた政治団体「ごぼうの党」代表の奥野卓志や、容疑者とされる人物を力ずくで取り押さえる動画を公開している「私人逮捕系ユーチューバー」、乱闘騒ぎで知られるBreakingDownなどへの批判を展開している[51][52][53]

獲得タイトル

戦績

  • プロボクシング:37戦 25勝 (12KO) 9敗 3分
さらに見る 戦, 日付 ...
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
12006年5月23日4R判定
1-1
神崎宜紀(戸高日本の旗 日本プロデビュー戦
22006年7月24日1R 0:14KO小林鋼介(極東)日本の旗 日本
32006年12月10日4R判定 3-0安田竜也(岐阜ヨコゼキ)日本の旗 日本
42007年6月6日4R判定 2-0伊藤彰浩(国際)日本の旗 日本第64回東日本新人王トーナメントライト級部門予選
52007年7月31日4R判定 0-3近藤明広(日東)日本の旗 日本第64回東日本新人王トーナメントライト級部門予選
62008年1月25日2R 1:09KO渡部智之(川島)日本の旗 日本
72008年6月3日3R 0:13TKO松下明広(セレス日本の旗 日本第65回東日本新人王トーナメントライト級部門予選
82008年8月5日4R判定
1-1
加藤健太(三谷大和S)日本の旗 日本第65回東日本新人王トーナメントライト級部門準々決勝
92008年9月25日4R判定 2-0小澤剛(18鴻巣)日本の旗 日本第65回東日本新人王トーナメントライト級部門準決勝
102008年11月2日5R判定
1-1
麻生興一ワタナベ日本の旗 日本第65回東日本新人王トーナメントライト級部門決勝
112008年12月21日5R判定 3-0浦秀晃(竹原)日本の旗 日本第55回全日本新人王決定戦ライト級部門決勝戦
122009年3月28日6R 0:46TKO倉健太郎(ビータイトS)日本の旗 日本
132009年7月7日8R判定 3-0長崎大之(F・I)日本の旗 日本
142009年10月23日3R 0:58TKO生田真敬(ワタナベ)日本の旗 日本
152010年2月26日6R判定
1-2
島村国伸(ワタナベ)日本の旗 日本
162010年5月9日8R判定 3-0迫田大治(横田S)日本の旗 日本
172010年10月28日6R 0:30負傷判定 3-0鈴木拓也(ワールド日立)日本の旗 日本
182011年7月12日8R判定 3-0大沼弘宜(協栄日本の旗 日本
192012年1月26日2R 2:35TKOモンコンチャイ・マノプカンチャンタイ王国の旗 タイ
202012年4月26日1R 2:32TKOエッカチャイ・パクディジムタイ王国の旗 タイ
212012年10月31日5R 1:31KOヌクン・チャイヨンジムタイ王国の旗 タイ
222013年2月11日8R 2:00TKO岩渕真也草加有沢日本の旗 日本日本スーパーライト級タイトルマッチ
232013年8月18日11R 1:26TKO金敏旭大韓民国の旗 韓国OPBF東洋太平洋スーパーライト級タイトルマッチ
242014年6月17日8R判定 3-0安達寿彦(岐阜ヨコゼキ)日本の旗 日本
252014年11月25日5R 2:12TKO合田剛士(草加有沢)日本の旗 日本
262015年4月19日8R判定 3-0ジャンボ織田信長書店ペタジーニ(六島日本の旗 日本
272015年12月8日8R判定 3-0青木クリスチャーノ(駿河)ブラジルの旗 ブラジル
282016年4月13日8R判定 0-3佐藤矩彰(新日本木村日本の旗 日本
292016年11月1日10R判定 0-3岡田博喜角海老宝石日本の旗 日本日本スーパーライト級タイトルマッチ
302017年3月27日8R判定 3-0クウエ・ピーター(大橋ガーナの旗 ガーナ
312017年12月14日10R判定 3-0麻生興一(ワタナベ)日本の旗 日本日本スーパーライト級タイトルマッチ
322018年5月7日7R 1:21TKOデスティノ・ジャパンピューマ渡久地ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国日本王座防衛1
332018年12月1日1R 2:56TKO稲垣孝(フラッシュ赤羽日本の旗 日本日本王座防衛2
342019年4月6日10R判定 0-3井上浩樹(大橋)日本の旗 日本日本王座陥落
352019年11月22日1R 0:45KO有岡康輔(三迫日本の旗 日本
362020年9月3日12R判定 0-3吉野修一郎(三迫)日本の旗 日本日本・OPBFWBOアジア太平洋ライト級タイトルマッチ
372021年7月3日8R 1:17TKO伊藤雅雪横浜光日本の旗 日本
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注釈

脚注

関連項目

外部リンク

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