紺屋町 (川崎市)

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紺屋町
町丁
北緯35度32分34秒 東経139度41分24秒 / 北緯35.542678度 東経139.689986度 / 35.542678; 139.689986
日本の旗 日本
都道府県 神奈川県の旗 神奈川県
市町村 川崎市
行政区 幸区
人口情報2025年(令和7年)12月31日現在[1]
 人口 1,315 人
 世帯数 781 世帯
面積[2]
  0.08082765 km²
人口密度 16269.19 人/km²
設置日 1928年昭和3年)
郵便番号 212-0026[3]
市外局番 044(川崎MA[4]
ナンバープレート 川崎
ポータルアイコン ポータル 日本の町・字
ポータルアイコン ポータル 神奈川県
プロジェクト 日本の町・字
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紺屋町(こんやまち[5])は、神奈川県川崎市幸区町名[6]。丁目の設定がない単独町名。住居表示は実施されていない[5]。面積は8.08 haである[2]

幸区のやや東側に位置し[7]府中街道国道409号)が北端を、第二京浜国道国道1号)が東側を通過している[8]。一帯は住宅地となっている[6]ほか、第二京浜沿いには飲食店などが見られる[8]

紺屋町は北端で府中街道を挟んで戸手と、東端で遠藤町と、南端で神明町と、西端で戸手本町と接する。これらの町域はすべて幸区に属しており、紺屋町は区境・市境には接していない。

歴史

当地は、江戸時代に水田地帯だった戸手の中で、家屋の多い一帯となっていた[7]。また、南河原女躰権現社から分祀された女體権現社[9]や、池上本門寺末寺である正教寺[7]などが所在していた。

地名の由来

戸手の旧小字である紺屋橋耕地に由来する[10]。なお、そもそもの「紺屋」の由来は不詳であるが、以下のような話が伝わっている[7]

  • 実際に、この周囲で紺屋が仕事をしていた。
  • 北条氏政であった「紺屋」がここに住んでいた。

沿革

旧字名

1928年昭和3年)の耕地整理で、戸手字紺屋橋耕地・字遠藤耕地の各一部をもって紺屋町が設置された[7]

世帯数と人口

2025年(令和7年)12月31日現在(川崎市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁世帯数人口
紺屋町 781世帯 1,315人

人口の変遷

国勢調査による人口の推移。

人口推移
人口
1995年(平成7年)[12]
1,157
2000年(平成12年)[13]
1,152
2005年(平成17年)[14]
1,133
2010年(平成22年)[15]
1,078
2015年(平成27年)[16]
1,137
2020年(令和2年)[17]
1,222

世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

世帯数推移
世帯数
1995年(平成7年)[12]
464
2000年(平成12年)[13]
487
2005年(平成17年)[14]
494
2010年(平成22年)[15]
510
2015年(平成27年)[16]
557
2020年(令和2年)[17]
665

学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2025年4月時点)[18][19]

区域小学校中学校
国道1号線の西側川崎市立戸手小学校川崎市立御幸中学校
国道1号線の東側川崎市立御幸小学校

事業所

2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[20]

町丁事業所数従業員数
紺屋町 34事業所 200人

事業者数の変遷

経済センサスによる事業所数の推移。

事業者数推移
事業者数
2016年(平成28年)[21]
38
2021年(令和3年)[20]
34

従業員数の変遷

経済センサスによる従業員数の推移。

従業員数推移
従業員数
2016年(平成28年)[21]
210
2021年(令和3年)[20]
200

交通

路線バス

川崎市交通局川崎鶴見臨港バスが、川崎駅と周辺地域を結ぶバスを、当地を経由して運行している。

道路

府中街道国道409号)が北端を、第二京浜国道国道1号)が東側を通過しており、両者が交差する遠藤町交差点が当地の北東角に当たる。

施設

その他

日本郵便

警察

町内の警察の管轄区域は以下の通りである[23]

番・番地等警察署交番・駐在所
全域幸警察署小向東芝町交番

関連項目

脚注

参考文献

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